1200px-Jozankei_Onsen_04


6
25日、朝起きると窓の外から蜂の羽音が聞こえて来ました。616日の蜂の羽音のサインから渋谷の忠犬ハチ公の関連ワークを行っていたので、おかしいなと思いました。今回の蜂の羽音は別のサインで、まだ何か解除・統合する対象があるようでした。内観してみると「八剣山(はっけんざん)」を感じました。八剣山は、標高498mの北海道札幌市南区にある山で、観音岩山(かんのんいわやま)とも言います。

 

豊平川に面してそびえており、頂が鋭角の岩を連ねる特徴的な形で、川に面して安山岩の柱状節理を露出させています。2016430日のワークで、八剣山に光を降ろしていました。その際、「光が出ました。日本の背骨の道筋の一つ」と伴侶が教えてくれました。まだ、八剣山やその周辺で解除・統合すべき闇が残っているようでした。

 

八剣山についてネットで調べていくと「岩戸観音堂」のブログを見つけました。ブロガーは、世界救世教(世界メシヤ教)の信徒の方のようでした。「一年前。20191028日(月)仏滅。窓に主之御文字が現れた」と綴られていて、「」の印が窓ガラスに映っている写真が載っていました。「」の印は、太陽の惑星記号であり、太陽神から「支配」を意味していると感じました。

 

窓ガラスに「」の印を映す現象を起こしていることから宗教の支配を司るワニの宇宙人が関係していると思いました。世界救世教(世界メシヤ教)は、大本の幹部だった岡田茂吉が1935(昭和10)に立教した新宗教系の教団です。世界救世教本体に世界救世教いづのめ教団・東方之光の2教派が包括される形で運営されています。

 

世界救世教の設立者・岡田茂吉が所属していた「大本」は、設立者の1人が出口王仁三郎(でぐちおにざぶろう)です。《支配と霊力を司るワニの宇宙人を感じる大本の教祖・出口王仁三郎》から出口王仁三郎はワニの宇宙人と関係していると感じていました。岩戸観音堂は、昭和11年に建立、昭和42年に再建された北海道札幌市南区定山渓温泉にある観音堂です。

 

観音堂は背後の朝日岳の山をくりぬいた120mの洞窟の壁に三十三身の観音像が安置されています。《札幌のミヨッシー》に岩戸観音堂の建立の経緯が書かれていました。「定山渓温泉の開祖者・美泉定山氏の晩年の悲願であった小樽に通じる道路の開通…  その道路が1932年に国内2番目の有料自動車道として小樽定山渓間自動車道(2017年現在の道道1号小樽定山渓線)が開通しましたが… 

 

難工事であったために多数の殉職者を出してしまいました(泣)。建設に携わった地崎組(後の()地崎工業、2007年岩田建設()に吸収合併され2017年現在は岩田地崎建設())の地崎晴次(2代目宇三郎)氏が施工中に殉職した方々の供養および自動車道を通行する人々の交通安全、更には定山渓温泉の発展を祈願し私財を投じて1936年に建立しました」。

 

グーグルマップを観ると、岩戸観音堂は、2度ほど宿泊した旅館のふる川の直ぐ近くで、対面の約300mに定山渓神社と定山寺が位置していました。岩戸観音堂が開くよう意図して光を降ろすと「暗い地下施設」と伝えられました。《北海道 定山寺 ~巡礼の旅(103)~》は、20146月に訪れた定山寺のワーク記事ですが、創立者の修験僧・美泉定山(みいずみじょうざん)がまだ上がってない気がしました。

 

美泉定山(1805-1877)は、備前国(現在の岡山県)出身で、北海道に渡って広く布教活動を行った僧侶です。定山渓の名前は、美泉定山に由来しています。美泉定山の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「ワニ」と伴侶が伝えて来ました。やはり定山はワニの宇宙人でした。曹洞宗の寺院の定山寺に光を降ろすと「OKです」と伝えられました。

 

岩戸観音堂の背後にある標高598mの朝日岳と標高498mの八剣山に光を降ろすと「OK」「光は入りました」と伴侶が伝えて来ました。過去のワークから「観音」は「伊都能売(伊豆能売:いずのめ)」であり、ワニの宇宙人の変身した形だと分かっています。岩戸観音堂の地下施設で松取り(松果体収穫)が行われたと感じます。札幌の水の地である定山渓と八剣山が開いて、本来の光の姿になることを願っています。