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麻生グループを統括する会社が、1966年設立した、福岡県飯塚市に本社を置く「株式会社麻生」です。麻生グループには、ラファージュ社(現・ラファージュホルシム)との合弁会社である麻生セメントなどが属します。麻生太吉が明治時代に飯塚市で始めた「麻生炭鉱」を源流とし、現在ではセメント事業、専門学校運営、病院経営、医療廃棄物処理など幅広い分野の事業を手掛けています。

 

売上高では、連結23121000万円・単独4083800万円(20203月期)、従業員数では、連結6052人・単独1909(2020331日現在)です。飯塚病院は、もともと麻生炭砿労働者のために開設されたものでありましたが、現在は筑豊地区の中核医療機関の一つに位置づけられています。医療・健康事業では、飯塚病院の他に麻生メディカルなど6つの病院などを運営しています。

 

学校法人麻生塾は、副総理兼財務大臣・第92代内閣総理大臣の麻生太郎の父・麻生太賀吉が1939(昭和14)に私財を投じて飯塚市柏森に創設した私塾が始まりです。現在では、福岡県内に13校の専門学校と1校の高等部を運営しています。教育・人材事業では、現在、学校法人麻生塾の他に、麻生教育サービス、福利厚生倶楽部九州など10の企業・団体を運営しています。

 

麻生メディカルサービス(アップルハート)や各公益法人は、飯塚病院の事業から派生したものです。コムスンが破綻した際、その福岡県における事業を引き継ぎ麻生介護サービス株式会社として事業を新たに展開しています。2021年現在会長を務める麻生泰は、麻生太郎の弟です。麻生太郎自身も、政界転身まで前身となる麻生セメント株式会社の社長を務めていました。

 

麻生グループが、「麻生炭鉱」を源流としている点がポイントです。《隠された大きな利権が暗示される国際バルク戦略港湾を有する釧路市》にありますが、これまでのワークから昔の炭鉱や金や銅などの鉱山では秘密裏に松取り(松果体収穫)が行われていたと感じます。鉱山の坑道は、人目につなかい密室です。炭鉱や鉱山の松取りから水力発電所に松取りの闇が移って行きました。

 

山や川の光を封じる仕組に成って行ったのです。北海道開拓などで見られますが、松取りの犠牲者の多くが、罪人や朝鮮人の労働者です。強制労働を強いる中で、弱った人たちの松を取っていたのです。戦時中の防空壕、地下施設や開拓時の道路、治水などの大規模工事の際にも労働者たちの中で松取りが行われています。戦争が松取りのための工作と同じ構図です。

 

旧「麻生鉱業」に関する問題として、ウィキペディアには、「連合軍捕虜使役問題」「戦前の納屋制度」が挙げられています。『200812月、厚生労働省がオーストラリア人197人・英国人101人・オランダ人2人の連合国軍捕虜300人が旧「麻生鉱業」の炭鉱で働き、うちオーストラリア人2人が死亡した事を示す文書を公開した』とあり、戦争捕虜を炭鉱で働かせていたのです。

 

1939年時点で麻生炭鉱には約1000人の朝鮮人労働者がおり、労働環境は過酷でダイナマイトなどを使う危険な作業により1日に一人から二人は亡くなっていたという。1940年代以降、朝鮮人労働者が大きく増えたため朝鮮人寮が別途あったが、自由のない収監所同然の生活だった』と記載されています。過酷な労働を強いて、秘密裏に病院で松取りが行われたことは想像に難くありません。

 

麻生グループの創業者は、麻生太郎の曽祖父・麻生太吉(1857-1933)です。麻生太吉は、筑前国嘉麻郡栢森村(現在・福岡県飯塚市柏の森)の炭鉱業者、実業家、政治家で九州の炭鉱王と呼ばれました。麻生商店社長、石炭鉱業連合会会長、九州水力電気社長、衆議院議員、貴族院多額納税者議員などを歴任しました。麻生太郎の父は、カトリック信者だった麻生太賀吉です。

 

麻生太賀吉(1911-1980)は、福岡県出身の実業家、政治家で、麻生セメント会長でした。妻和子は吉田茂元首相の三女です。麻生太吉、麻生太賀吉の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「金」「成り上がり」と伴侶が伝えて来ました。麻生グループの会長・麻生泰、社長・麻生巌(麻生泰の長男)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「もういない」「変態」と伝えられました。

 

麻生太郎のバックボーン》には、『麻生太郎の実家が福岡を基盤とする一大コンツェルン「麻生グループ」であることは有名ですが、さらにその背後には「玄洋社」という団体があるようです』とあり、詳細が記されています。また、《キリスト教の闇が日本を支配する構図を導いたキリシタン黒田官兵衛》にありますが、玄洋社の源流は黒田官兵衛であり、麻生太郎は、黒田官兵衛一族の子孫なのです。

 

右翼団体・玄洋社の総帥・頭山満は、「大日本皇道立教會」の幹事です。実は「大日本皇道立教會」は「創価学会」の源流であり、大隈重信(早稲田大学創設者)、牧口常三郎(創価学会創設者)、戸田城聖(創価学会創設者)、児玉誉士夫(フィクサー)などで設立されました。「大日本皇道立教會」の詳細は別記事に譲りますが、麻生グループは玄洋社の流れを汲むのです。

 

麻生太郎に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「変態。レプ」と伝えられました。サングローブの営業電話から始まった今回のワークは、福利厚生代行会社・リロクラブから福利厚生倶楽部九州という麻生グループの会社に繋がり、最終的に創価学会という松利権ネットワーク集団に行き着きました。政治・宗教・医療・反社が絡む暗黒集団の闇の仕組が終わりになることを願っています。(おわり)