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楢崎皐月(ならさきこうげつ)は、兵庫県六甲山山系の金鳥での生活中に平十字と名乗る宮司と出会い、カタカムナ文字とされる巻物を大学ノートに書き写したとされます。その後20年ほど経過した後、著書に記述し始めました。楢崎皐月が書き写したカタカムナ文献を祀る神社が「保久良神社(ほくらじんじゃ)」であるとされています。保久良神社は、カタカムナの聖地と見なされています。

 

カタカムナ文献のウィキペディアには以下の記述があります。『カタカムナ文献をご神体として祀る「カタカムナ神社」は、現在の「保久良神社」であるとする説が有力であるが、現在のところ不明であり、ご神体の巻物も同じく所在不明ではある。カタカムナ文献の本文は、独自の図形文字が渦巻き状に並んだ、80首のウタヒ()である』。保久良神社は、兵庫県神戸市東灘区本山町の保久良山(金鳥山中腹)にある神社です。

 

祭神は、須佐之男命、大国主命、大歳御祖命、椎根津彦命(しいねつひこのみこと)です。創立に関する詳細は不明ですが、境内外に多数の磐座群が見られ古代祭祀の場であったと考えられるといいます。《保久良神社とカタカムナ》には、保久良神社周辺の磐座(いわくら)を調査したレポートが記されています。不思議な事に、保久良神社を中心にして多数の磐座がカタカムナの渦巻のように配置されていると伝えています。

 

本来、山の巨石である磐座は、光の働きをしていました。過去のヒプノセラピー《「人の封印を解く秘密を守っている」》の中で、『大きな岩を大事にしていた。岩に光を受けていた。地球のエネルギーを集めて、光のネットワークを作る。気持ちいいエネルギーフィールドになる。岩で繋げていた。岩を磨いて鏡にする。そこに太陽の光や月の光を入れて飛ばしていた。山が大事だった。でも封印された』と伝えられていました。

 

光の時代、先住民の人たちは、闇にある巨石を大事にして、光のネットワークを創っていました。その巨石を繋げた光のネットワークが地球全体を覆っていたのです。光の地球を保持するために大事な光の巨石でした。人々を支配する闇の役割の宗教が生まれ、巨石を封じられていきました。神道においては、巨石の磐座にしめ縄を張ります。このしめ縄は、蛇のエネルギーであり、磐座の光を封印することになります。

 

蛇のエネルギーとカタカムナの渦巻のエネルギーは共通しています。蛇はとぐろを巻くことで渦巻をつくります。「巻きつく」「封じる」「縛る」という自由にしないように働きます。術で形成される渦巻のエネルギーは、封印する力があるのです。過去のワークで、「六甲山は声と文字で封じる術の練習場」と伝えられました。六甲山には、保久良神社のように多くの巨石(磐座)があり、石の精霊の光をカタカムナの術で封じられて来たと感じます。

 

また、《小田原市江之浦の石の精霊を封じる役割の複合アート施設・江之浦測候所》に記しましたが、巨石の上で先住民の松取りが行われて、石の精霊を闇にしたと考えています。奈良県明日香村にある酒船石には、人型に丸や直線の溝が彫られていますが、これは、石の上に犠牲となる人を寝かせて松取りによる生血を採集するためだと感じます。石の上で人の松取りをするのは、石を闇にするためです。

 

このようにカタカムナの渦巻のエネルギーと使う「術」と松取り(松果体収穫)の闇によって巨石の光を封じて来たのです。《Trip-Nomad》には保久良神社の画像が掲載されていますが、気になったのが、亀に乗った椎根津彦命でした。亀に乗った椎根津彦命像に光を降ろすと「いいです。亀は渡来人の神」と伝えられました。過去のワークでは、「亀」は火のエネルギーであり、水を封じる役割だと分かっています。

 

保久良神社の宮司・暮部優 と宮総代・宗田匡弘に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「創価」「反社」と伝えられました。保久良神社全体と金鳥山に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「いいです」「光は入りました」と伝えられました。保久良神社のワークの数日前から腹部に軽い痛みが続いていました。痛みの場所は、六甲山の辺りと直感していました。伴侶が伝えていた「六甲山の八咫烏の地下施設」でした。

 

過去のワークから「渦巻の闇のエネルギー」は、アンドロメダ系のエネルギーと感じていました。最後に六甲山の地下深くを意図して光の柱を立てると、完全に光が入ったと思いました。六甲山の地下に光を降ろした翌日の1020日に阿蘇山の噴火が起きました。カタカムナの渦巻の闇のエネルギーは、日本の土地と人を封じるために各所に置かれていると感じています。地球の闇の時代が終わる時、カタカムナの闇の役割も終焉を迎えます。(おわり)