1200px-Fountain_at_Nagasaki_Peace_Park


海底ケーブルの地図をネットで調べると《GIGAZINE》の『世界の海底ケーブルの敷設位置が一目でわかる世界地図「Submarine Cable Map」』を見つけました。そこには、世界の海底ケーブルの敷設位置が世界地図上に表示されています。日本の周辺の地図を見ると、大日本帝国軍が構築した人身売買の拠点であるフィリピンに海底ケーブルの基地が多いです。それ故、海底ケーブルは、松取り・食人に繋がる松利権ネットワークの地下トンネルの可能性が高いと感じます。

 

目につくポイントは、日本からDSの本拠地である米国カリフォルニア州に多くのルートが表示されていること、韓国の釜山からのルートが多数あること、日本の基地は千葉県南房総市と三重県志摩市に多いことです。ハワイも基地があり、松利権網にとって重要な場所であることが分かります。世界地図「Submarine Cable Map」は、世界の松利権網の拠点のヒントになるので、後に精査していく必要があります。実際のケーブル施設は、どうなっているのかを調べると《ASCII.jp》に行き着きました。

 

NTT東日本が3.11から得た教訓とは? まるで地下迷宮!NTT東日本のケーブル施設「とう道」見学 (20151130)』の記事には、地下迷路のように張り巡らされているNTT東日本のケーブル施設「とう道」とあります。「とう道」の画像から車1台くらいが通れる空間が作られていることが分かります。東京などの都市部の陸地にも、「とう道」としての地下道・地下施設が作られていることが想像できます。海底ケーブル-Wikipediaには、「日本の海底ケーブル」の記述があります。

 

『日本最初の海底ケーブルは1871年に敷設された長崎-上海間及び長崎-ウラジオストク間のものである。現在の長崎市南山手一丁目18番地には「国際電信発祥の地」の碑があるが、かつてここにあったホテルベルビューの一室を借りていた大北電信会社によって同年812日、一般公衆電報の取り扱いが始まった。これは日本における国際電報事業が開始された日であり、翌年開通した欧亜陸上電信線と接続された。その後1883年に呼子-釜山間の海底電信線も敷設された。

 

一方、国内通信では、1873年にお雇い外国人指導の下で関門海峡に敷設したのが始まりである。1896年には、日清戦争で獲得した台湾への電信線敷設のため、日本最初の本格的海底ケーブル敷設船となる沖縄丸を導入。日露戦争では逓信省技師浦田周次郎らが軍用海底電線を敷設。国産船では小笠原丸が、1906年に後述の太平洋横断ケーブル工事を目的として建造されている』。日本最初の海底ケーブルは、長崎-上海間と長崎-ウラジオストク間で、大北電信会社によって開通されました。

 

大北電信会社(GN)wikiには、『GNあるいはGNグループは、デンマーク・コペンハーゲン近郊のBallerupに本社を置き、補聴器およびヘッドセットを中心とする音響機器を製造・販売する企業集団。かつては電気通信事業を手掛け、日本では一般に大北電信会社(たいほくでんしんかいしゃ)と呼ばれていた』と記されています。大北電信会社の要人のワークを行いました。大北電信会社の日本進出を支援したのは、駐日英国公使のハリー・パークス(1828-1885)です。

 

ハリー・パークスの御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「ロスチャ」と伝えられました。日本の長崎に海底ケーブルを最初に敷設した時の大北電信会社の社長は、エドゥアルド・スエンソン(1842-1921)です。エドゥアルド・スエンソンの御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「トカゲでトカゲの使い。トカゲの叡智」と伝えられました。やはり海底ケーブルにはトカゲの闇の叡智が用いられているようです。GNの現会長・ウィルド・オルセンと本社所在地に闇の解除・統合を意図して光を降ろしました。

 

「ワニ」「いいです」と伝えられました。ワニの宇宙人ということは、松取り工作に関係していることになります。ワークの結果から、海底ケーブルは、当初から表の通信網と裏の地下トンネル網を並行して構築するためのものだったと感じます。大規模通信障害を起こしたKDDIwikiには、『KDDI株式会社は、携帯電話事業などを手掛ける日本の大手電気通信事業者。本社は東京都千代田区飯田橋。2000年に第二電電(DDI)、ケイディディ(KDD)、日本移動通信(IDO)が合併し、「株式会社ディーディーアイ」として発足した。

 

20014月に合併時より通称として使用していた「KDDI」を社名とし「ケイディーディーアイ株式会社」に社名変更し、200211月に現社名の「KDDI株式会社」に変更した。前身企業の旧ケイディディが国内外で通信ケーブル・海底ケーブル・衛星通信・KDD研究所というNTTに迫るインフラ資産を擁しているが、1953年に国際通信網整備のため旧・電電公社から分離・設立された特殊会社であるため、事実上はNTTの兄弟企業である』と記されています。

 

KDDIの主要株主は、京セラ(14.54%)とトヨタ自動車(12.95%)2020331日現在)です。過去のワークから京セラとトヨタ自動車は、重要な松利権網の拠点であり、松利権者であることが分かっていますので、KDDIも松利権網の拠点であることが客観的にも理解できます。KDDIのワークの対象として渋沢敬三(1896-1963年:国際電信電話初代社長・渋沢栄一の孫)をピックアップしました。渋沢敬三の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「日本DS」と伝えられました。

 

KDDIの代表取締役会長・田中孝司(1957-・京都大学)、代表取締役社長・髙橋誠(1961-)、本社所在地(東京都千代田区飯田橋)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「怪物。もういない」「DSだったけど光の替え玉」「いいです」と伝えられました。やはり、今回のKDDIの大規模通信障害で、社長自らが対応して賛辞の声も上がった髙橋誠は、光の替え玉だったようです。KDDIの子会社で海底ケーブルの建設や保守業務を行う国際ケーブル・シップについても追っていきました。(つづく)