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ダムや水力発電所の地下に松施設をつくることは、地上の川の水や川の地下にある光の地底を闇にして封印する意味があります。これまでのワークから河川、湖沼、海岸線などの大事な光の場所を封じるために地下に松施設が構築され、そのカモフラージュとして発電所や工場などの人工物が置かれていることが分かっています。烏山頭ダムを含む水利設備である嘉南大圳(かなんたいしゅう)がつくられた台南の嘉南平原地区は大事な水源地であり、地下に松施設を構築して光を封じる必要があったのです。

 

松利権を支配する八咫烏は、台湾の烏山頭ダム・嘉南大圳の利水設備を完成させた八田與一の偉業をより大きくして人々に周知させる手段を講じました。それは、烏山頭ダム・嘉南大圳の地下の松施設の存在を隠す工作になります。八田與一の偉業は、日台の支配層によって、記念公園、銅像、慰霊祭、教科書への掲載、テレビドラマ、アニメ映画などとして残されたことがwikiに書かれています。『日本よりも八田が実際に業績をあげた台湾での知名度のほうが高い。特に高齢者を中心に八田の業績を評価する人物が多い。

 

烏山頭ダムでは八田の命日である58日には慰霊祭が行われている。中学生向け教科書「認識台湾 歴史篇」に八田の業績が詳しく紹介されている。2004(平成16)末に訪日した李登輝台湾総統は、八田の故郷・金沢市も訪問した。2007521日、陳水扁総統は八田に対して褒章令を出した。また、当時の馬英九総統も200858日の烏山頭ダムでの八田の慰霊祭に参加した。八田がダム建設時に住んでいた宿舎跡地を復元・整備して「八田與一記念公園」を建設し、完成式典には、馬英九総統や八田の故郷・石川県出身の元内閣総理大臣森喜朗が参加した。

 

妻の外代樹も顕彰の対象となり、201391日には八田與一記念公園内に外代樹の銅像が建立された。八田の業績と、嘉南の人達との触れ合いを取材したテレビドキュメンタリー番組「テレメンタリー96 たった一つの銅像 〜衷心感謝八田與一先生〜」が 1996(平成8)630日にテレビ朝日系列で放送された』とあります。八田與一は、妻の外代樹と共に英雄や偉人に祭上げられたと感じます。日台の一般大衆にとって八田與一と妻・外代樹の知名度が高くなることが、地下施設の秘密をより強固に隠蔽することになります。

 

そのために、八田與一が乗船した船が攻撃されて死亡し、3年後に妻・外代樹が烏山頭ダムに投身自殺をしたというのです。私は、最初は八田與一と妻・外代樹は共に口封じされて殺されたと思いました。しかし、よく突き詰めてみると、偽装死の可能性が高いと感じます。特に妻・外代樹は、16歳くらいの長女を筆頭に8人の子供を残して入水自殺したとされます。支配層の暗黒集団は、「悲劇の美談を仕立てる」という手法をよく使います。悲劇のヒーローやヒロインの方が一般大衆を騙す効果が高いのです。

 

ネット情報によると『現在、秦、波多、羽田、八田、矢田、波多野、幡多などの姓を持つ者の多くはこの秦一族の子孫であり、機織りから転訛した服部、一族の秦河勝にちなむ川勝の姓を持つ人もこの偉大な一族の末裔である』とあります。八田與一は秦一族の末裔であり、それは八咫烏の工作員を意味します。このことは、八田與一の偽装死の裏づけにもなります。《吉田神社のワークが示唆する朝鮮半島・キリスト教と表の藤原氏・裏の秦氏の八咫烏》から、裏の支配の秦氏が八咫烏の軸となっていると分かっています。

 

松利権に貢献した人物には、褒章・勲章や銅像・胸像などの工作である栄誉が授けられます。これが後の時代には、支配層の暗黒集団の工作員の証となるのです。台北駐日経済文化代表処の公式サイトでは、蔡英文総統や安倍晋三元首相がビデオメッセージを寄せた日台オンラインの「嘉南大圳起工満100周年記念式典(2021.5.8)」の様子を伝えています。今も尚、人命を犠牲にした裏の金儲けのために工作活動を続けている支配層の姿が窺えます。八田與一と妻・外代樹の御魂が上がるよう意図して光を降ろしました。

 

「いいと思う。八田は親族に誰かいない?」と伴侶が聞いてきました。wikiの八田與一の画像をよく見ると私より3歳下の従弟の"たっちゃん"に似ていて、魂を共有していると感じました。"たっちゃん"の兄(従兄)は、30代の若さで他界しましたが、彼もまた日産コンツェルン創始者・鮎川義介と魂を共有していることが分かっています。今世、過去世で縁ある人たちが身近にいるのです。826日、八田與一に関して、再び、下書きが消える事象が起きました。八田與一のネット情報を纏めた下書きがPCから消えてしまったのです。

 

また後藤新平との関係を調べる必要を感じました。薄々分かっていましたが、過去世で縁が深い人の魂を光に還すことがとても重要なようです。wikiを調べていくと、八田與一が総督府土木部工務課で仕えた「浜野弥四郎」だと感じました。wikiには、『浜野弥四郎(1869-1932)は葛飾県(現:千葉県成田市)出身の衛生工学、土木工学者。日本統治時代の台湾で台湾総督府土木部の技師として多くの上下水道インフラを手がけたことから、「台湾水道の父」と評されている。

 

帝大の衛生工学特別講師だったバートンに師事し東京帝国大学工学部土木学科を卒業後の1896(明治29)、バートンが民政長官後藤新平の要請で台湾での衛生インフラ整備事業で顧問を務めることになり助手として同行した』と記されています。台湾総督府の民政長官・後藤新平が招聘したバートンと助手の浜野弥四郎が対象だと感じました。バートンの経歴はwikiによると、『ウィリアム・キニンモンド・バートン(1856-1899)は、スコットランド・エディンバラ生まれの技術者・写真家。

 

バートンは法律家で文筆家のジョン・ヒル・バートン とカサリーン・イネスの夫妻のもとに生まれた。高校卒業後、エディンバラのブラウン・ブラザーズ社で水道技術工見習いとなり、1879年、叔父のコスモ・イネスを頼りロンドンに移った。渡欧中の永井久一郎(永井荷風の父)と知り合ったことで、彼の推薦を得て、当時コレラなどの流行病の対処に苦慮していた明治政府の内務省衛生局のお雇い外国人技師として1887(明治20)来日。衛生局のただ一人の顧問技師として東京市の上下水道取調主任に着任した。

 

それと共に、帝国大学工科大学(現・東京大学工学部)で衛生工学の講座ももち(正式な教授ではなく特別講師的なもの)、浜野弥四郎など何人かの著名な上下水道技師を育てた』とあります。浜野弥四郎とバートンの御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「台湾ヤクザのボス」「イルミのスパイ。フリーメイソン系に入った」と伝えられました。台湾をアジア圏の松利権網の拠点にする実務を担ったのは、日本の出先官庁の「台湾総督府」です。台湾総督府の紋章には、桐紋章と上下の三角形が描かれています。

 

桐紋章は3枚の桐の葉で「3」の八咫烏を意味します。上下の三角形は、地上と地下のピラミッドを示します。ピラミッドは「分離と支配」の階層社会の意味であり、特に地下のピラミッドは、「裏インド」の「松利権の闇」を暗示します。明治以降に日本の鎌倉と加賀、そして台湾が関与する八咫烏の松利権網の深い闇の仕組が構築されました。八咫烏は、表の米国の闇と裏の欧州の闇を対立させ戦わせることで利益を得てきました。両者を巧みに使って、日本の支配層の根源の闇を隠してきたのです。

 

その象徴が「広島・長崎の原爆投下」という工作です。表の米国の闇に原爆を投下されて多大な犠牲を強いられたという被害者としての日本を大衆に浸透させてきました。巧妙な工作を成す八咫烏は、子供や遺体などを犠牲にして金儲けを行ってきた世界の支配層の闇の中心です。全ては日本を深い闇にして魂が深い闇を経験するためでした。しかし、もう闇の経験が終わり、光に変える時に来ています。過去世で八咫烏の闇の仕事をした人たちが、今世、日本に生まれて闇を終わらせる役割を担っています。日本の深い闇が終わりになることを願っています。(おわり)