伊勢神宮以外の伊勢市で、多くの人々が集まる観光地は、どこかと聞かれるとすぐに出てくるのが伊勢内宮前の「おかげ横丁」です。「おかげ横丁」は、支配層の表裏の金儲けとなる象徴的な場所です。「おかげ横丁」の情報はwikiに掲載されています。『おかげ横丁は、三重県伊勢市の伊勢神宮皇大神宮(内宮)前にあるお蔭参り(お伊勢参り)で賑わった江戸時代末期から明治時代初期の鳥居前町の町並みを再現した観光地である。運営は伊勢名物赤福餅を生産・販売する株式会社赤福の子会社である株式会社伊勢福が行う。
おはらい町の中ほどにあり、伊勢志摩を代表する観光地となっている。[概要]赤福社長であった濱田益嗣の指揮の下、当時の赤福の年商に匹敵する約140億円をかけて1993年(平成5年)に完成した「小さな町」である。伊勢特有の町並みである妻入の建物や伊勢河崎の蔵、桑名の洋館などを忠実に再現、あるいは移築した28の建造物群が並ぶ。お蔭参りで賑わった頃の町並みという統一したテーマの元で造られているが、おはらい町との間に門などの仕切りはなく入場料を徴収しないため、テーマパークではない。
おかげ横丁とおはらい町の境界は分かりにくく、名称が類似しているせいか両者を混同するケースもある。伊勢志摩の特産物や土産を扱う物販店を中心に49店が営業している。2019年2月現在、直営店舗31店、委託店舗18店である』。伊勢名物の「赤福餅」は、三重県伊勢市の和菓子屋「赤福」の和菓子商品です。知名度の高い餅菓子であり、いわゆるあんころ餅の一種です。「おかげ横丁」は、今から30年前に、当時の赤福社長・濱田益嗣(はまだますたね)の指揮の下で約140億円をかけて作られました。
多くの人を集める「観光地」が松利権の工作であることから、大金をつぎ込んで「おかげ横丁」を完成させた人物こそが伊勢市の松利権の黒幕と言えます。黒幕と見られる当時の赤福社長・濱田益嗣についてはウィキペディアがあります。『濱田益嗣(1937年-)は、三重県伊勢市出身の実業家。株式会社赤福前代表取締役会長(10代目当主、2代社長)、株式会社濱田総業社長。元皇學館大学常任理事、伊勢商工会議所会頭、アイティービー会長(代表権はない)。妻は現赤福社長(4代)の濱田勝子、子は前赤福社長(3代)の濱田典保、マスヤ社長の濱田吉司』。
当時の赤福社長だった濱田益嗣には、有名な不祥事が2件あります。1つが「消費期限および製造日、原材料表示偽装事件」です。wikiによると、『2007年10月12日、食品の品質表示などを定めた農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)違反容疑で農林水産省および伊勢保健所の立ち入り調査を受けていることがわかった。関係者によれば、夏場に製造日と消費期限を偽ったことがあると伊勢保健所に情報が入り、その結果、9月19日より農水省と伊勢保健所が任意調査を行ったという。
赤福は出荷の際に余った餅を冷凍保存して、解凍した時点を製造年月日に偽装して出荷していた。赤福は、解凍しての再包装を「まき直し」と称していた』とあります。もう1つの不祥事は、山口組系暴力団との癒着問題です。『2020年2月18日放映のテレビ東京によると、関連企業の伊勢萬が益嗣の指示で2000年から2012年にかけて、指定暴力団に対して代紋入り焼酎を製造・販売していたことが発覚した。・・2000年から暴力団幹部から直接受注する形で、24回、8180本の焼酎を販売し、1500万円の利益があった。
2019年12月、これらの件を聞きつけた男により、濱田総業に対する恐喝未遂事件が発生し、三重県警伊勢警察署に逮捕されたことで、暴力団との取引が明るみに出た。東海テレビによると、関係者の話として、代紋入りの焼酎は名古屋市に本部を置く山口組傘下の暴力団が買い取り、組と関係のある企業や個人に配ったと報じた』とwikiに記されています。松利権の胴元ならば反社が絡んでいるのは当たり前です。赤福の元会長・濱田益嗣、現社長・濱田勝子(濱田益嗣の妻)、本社所在地(三重県伊勢市宇治中之切町)に闇の解除・統合を意図して光を降ろしました。
「汚い八咫烏」「半島」「いいです」と伝えられました。1707年創業の株式会社赤福は、伝統企業の国際組織であるエノキアン協会会員企業でもあります。wikiによると『エノキアン協会は、1981年に設立された経済団体で、家業歴200年以上の企業のみ加盟を許される老舗企業の国際組織。フランスのパリに本部がある。フランスのリキュールメーカー、マリー・ブリザール社が、何世紀にもわたって存続してきた伝統企業で、なおかつ、現在でも創業家による同族経営を維持し続ける企業を集めて団体を創設しようと提唱したことを発端とする。
現在、フランス・イタリアを中心とするヨーロッパの企業と日本の伝統的な企業(10社)あわせて50社で構成されている』とあります。初代会長マリー・ブリザールの御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「メデューサ」と伝えられました。前会長岡谷篤一(岡谷鋼機株式会社取締役社長)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「DS」と伝えられました。エノキアン協会は、裏の松利権が絡むのでヘビが関係しているようです。濱田益嗣が常任理事に就いていた「皇學館大学」もワークの必要性を感じました。
wikiには、『皇學館大学は、三重県伊勢市神田久志本町1704に本部を置く日本の私立大学。1882年創立、1962年大学設置。1882年(明治15年)に伊勢神宮祭主であった久邇宮朝彦親王の令旨によって林崎文庫に設置された神宮皇學館を母体とする。主として神職や教員の養成にあたり、1903年(明治36年)に官立の旧制専門学校(内務省所管の宗教系旧制専門学校)を経て、1940年(昭和15年)には旧制の官立大学(文部省所管)になるが、第二次世界大戦終結後は国家神道を推進した機関の一つとして、いわゆる神道指令を受けて廃学・解散を余儀なくされた。
その後、旧制神宮皇學館大學の関係者らによって神宮皇學館大學再興期成会が結成され、現在の大学は1962年(昭和37年)にあえて私立大学として、再興された』と記されています。令旨(りょうじ)を発した久邇宮朝彦親王(1824年-1891年・元伊勢神宮祭主)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「八咫烏」と伝えられました。皇學館大学の学長・河野訓(かわのさとし)、所在地(三重県伊勢市神田久志本町)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「雇われ」「いいです」と伝えられました。伊勢神宮を中心とした支配層・八咫烏の闇の仕組が終わり、伊勢の地に本来の光が蘇ることを願っています。(おわり)