Niigata_Bandai_bashi_dori_20131018


新潟市の朱鷺メッセにある万代島ビルの設計者は「KAJIMA DESIGN」であり、本体は「鹿島建設(かじまけんせつ)」です。鹿島建設も竹中工務店と同様にスーパーゼネコン5社の1つです。鹿島建設の調査とワークを行うことにしました。鹿島建設の情報はwikiに記載されています。『鹿島建設株式会社は、日本の大手総合建設会社である。対外的には鹿島と称する。[概要]「スーパーゼネコン」とも称される、ゼネコン大手五社(鹿島建設、大林組、清水建設、大成建設、竹中工務店)の一つである。

 

江戸末期の大名屋敷のお出入り大工店に始まり、明治初期の外国商館や毛利家高輪本邸など西洋館の建築業(洋館の鹿島)、東北本線や山手線など全国の鉄道工事事業(鉄道の鹿島)、軽井沢の別荘地開発事業(鹿島の森)等を通じて名を揚げ、繁栄を築いていった。超高層ビル事業を得意とし、蓄積された高度な技術とノウハウ、業界随一の技術研究所を有している。東京駅の八重洲口再開発や丸の内駅舎保存・復原工事(2012101日完成)、秋葉原地区などの開発事業や海外でのプロジェクトにも実績が豊富である。

 

一方で社員があっせん利得処罰法違反で逮捕されるなど、数々の談合事件にも関与しており、その後の建設業者に少なからず影響を与えている』。鹿島建設は、過去世の後藤新平が中国・満州や軽井沢の開発で縁があることが分かっていました。wikiには、鹿島建設の不祥事の数々が掲載されています。1945年には、秋田県花岡町で起きた過酷労働で100人を超える中国人が死亡した花岡事件があります。20183月には、中央新幹線をめぐる談合で、担当部長が独占禁止法違反の容疑で東京地検特捜部に逮捕されています。

 

1年前に他界した叔母は、若くして病気で亡くなった夫が鹿島の下請けの工務店を経営していた時に、鹿島の担当者から接待や金品をせがまれたという苦労話をしていたのを覚えています。支配層の裏の現場仕事を担ってきた鹿島が大きなエゴの闇に覆われていたことが分かります。1840(天保11)に、鹿島岩吉が江戸四谷で大工の修行後棟梁株を入手し江戸中橋正木町に店を構えたのが鹿島建設の源流です。鹿島建設の創業者・鹿島岩吉の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「八咫烏」と伝えられました。

 

鹿島建設の創業者・鹿島岩吉の息子で渋沢栄一と深く関わっていた鹿島岩蔵、戦前の台湾で前身の鹿島組を経て建設請負業住吉組を創業して台南の防災に貢献した慈善家で「台南消防の父」として知られる住吉秀松の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「アーク」「現場のヤクザ」と伝えられました。鹿島建設の代表取締役会長・押味至一(おしみよしかず・1949-)、代表取締役社長・天野裕正(1951-)本社所在地(東京都港区元赤坂1丁目)に闇の解除・統合を意図して各々に光を降ろすと「統一」「半島」「いいです」と伝えられました。

 

鹿島建設も支配層・八咫烏の工作組織の統一教会の闇の勢力下にあるようです。朱鷺メッセと同様に、新潟市のシンボルタワーとなるのが「新潟日報メディアシップ」です。新潟日報メディアシップは、朱鷺メッセから信濃川沿いに約800m上流の場所にあります。wikiには、『新潟日報メディアシップは、新潟県新潟市中央区万代三丁目にある超高層ビル。新潟日報社の本社屋と、一般向けのテナントスペースおよび公共スペース、立体駐車場からなる多機能複合型ビルで、高層部は地上20階建、全高105mを有する。

 

2012(平成24)に新潟日報が創刊70周年を迎えるにあたって記念事業の一環として建設された』と記されています。新潟日報メディアシップに本社を構える新潟日報社の情報はwikiに記載されています。『新潟日報は、新潟県の地方紙「新潟日報」を発行する新聞社である。1942年 新潟日日新聞・新潟県中央新聞・上越新聞の3紙が合併し、「新潟日報」が誕生。明治10(1877)創刊の「新潟新聞」が昭和16(1941)に「新潟毎日新聞」と合併し「新潟日日新聞」、昭和17(1942)長岡市の「新潟県中央新聞」、高田市の「上越新聞」と合併し「新潟日報」となった。

 

日刊新聞「新潟日報」の発行の他、2002年にフリーペーパー「assh」を創刊するなどし現在に至っている』。新潟日報の源流の1つである新潟毎日新聞創刊者の萩野左門(1851-1917年:衆議院議員・新潟市長)加藤勝弥(1854-1921:クリスチャン・新島襄と関係)山添武治(1860-1914年:板垣退助の配下)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「工作員」「松喰い」「頭のいいヤクザの拙攻」と伝えられました。新聞社は古くからの支配層の工作組織であり、大衆を洗脳する闇の役割を担っています。

 

新潟日報の初代代表取締役社長・小柳調平(1878-1944年・新潟毎日新聞創刊者)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「工作員」と伝えられました。新潟日報社の代表取締役社長・佐藤明本社所在地(新潟県新潟市中央区万代 新潟日報メディアシップ)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「アーク」「いいです」と伝えられました。朱鷺メッセの万代島ビルには、在新潟大韓民国総領事館(8)と在新潟ロシア連邦総領事館(12)が入っており、在新潟ロシア連邦総領事館に着目しました。

 

在新潟ロシア連邦総領事館(在新潟ロシア総領事館)は、1994年に開設されたロシアが日本の新潟県新潟市に設置している総領事館です。在新潟総領事のミハイル・アレクサンドロヴィチ・セルゲーエフ(1969-)と上位者の駐日ロシア大使のミハイル・ガルージン(1960-)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「DS」「工作員」と伝えられています。日露関係は工作が成されて対立しているように見えますが、支配層の上部は繋がっています。工作の闇が深い新潟の地が本来の姿になることを願っています。(おわり)