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鎌倉市にある「イエズス会日本殉教者修道院」から始まった調査とワークは、「イエズス会」の原点に戻ることにしました。イエズス会の情報はwikiに記されています。『イエズス会は、カトリック教会の男子修道会。1534年にイグナティウス・デ・ロヨラを中心として、フランシスコ・ザビエル、ピエール・ファーブルら7人によって創設され、1540年にローマ教皇パウルス3世により承認された。草創期から世界各地への宣教に積極的に取り組み、日本に初めてカトリックをもたらした。イエズスは、中世ラテン語による Iesus(イエス・キリスト)の古くからのカトリックの日本語表記であると言われている。

 

しかし、実際にはフェデリコ・バルバロが聖書翻訳の際に使った名称である。会の略称はS.J.であり、中国や古くの日本では「イエス」の漢訳が耶穌であることから耶穌会(やそかい)やジェズイット(Jesuit)教団とも呼ばれた。16世紀の宗教改革の時代に、フランス・モンマルトルの礼拝堂で、イグナティウス・デ・ロヨラとその学友によって「エルサレムへの巡礼」や「清貧と貞節」等の誓いが立てられたのが、その始まりである。イエズス会は「神の軍隊」、イエズス会員は「教皇の精鋭部隊」とも呼ばれ、軍隊的な規律で知られる。

 

このような軍隊的な会風は、創立者の1人で・初代総長のイグナティウス・デ・ロヨラが、修道生活に入る以前に騎士であり、長く軍隊で過ごしたことと深い関係がある。現代では六大陸の112か国で活動する2万人の会員がいる。これはカトリック教会の男子修道会としては最大規模のものである。イエズス会の主な活動は高等教育と研究活動といった教育活動であり、宣教事業や社会正義事業と並んで活動の三本柱となっている。イエズス会の保護者は聖母マリアの数ある称号の一つである「道の聖母 (Madonna Della Strada)」。イエズス会の指導者は終身制で総長とよばれる。

 

現在の総長はアルトゥロ・ソサ師である。会の総本部はローマにあり、かつて本部がおかれていたジェズ教会は歴史的建築物となっている』。イエズス会は日本と深く関わる歴史を有しています。1549年にイエズス会の創立者の1人であるスペインの宣教師のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に到着しキリスト教を伝えました。それより6年前に種子島に中国船が漂着しポルトガル人が火縄銃を伝えたとされます。これも実質的にイエズス会が絡んでいたと見ています。イエズス会は、クリスト教の布教を隠れ蓑にした松・薬・武器・人身売買の裏の金儲けを行ってきました。

 

イエスズ会の裏の活動は、日本の支配層・八咫烏と連動していました。《本能寺の変の背後で糸を引いていたキリスト教カトリック勢力》にありますが、偽装死を使った織田信長の背後にイエズス会が存在していたと見ています。明智光秀やキリシタン大名の黒田官兵衛などの日本の武将たちもイエズス会を利用してきたのです。イエズス会の創立者であるイグナチオ・デ・ロヨラとフランシスコ・ザビエルを追いました。イグナチオ・デ・ロヨラ(1491-1556)は、カスティーリャ王国領バスク地方出身の修道士です。

 

カトリック教会の修道会であるイエズス会の創立者の1人にして初代総長でバスク人です。フランシスコ・ザビエル(1506-1552)は、スペインのナバラ王国生まれのカトリック教会の司祭、宣教師です。イエズス会の創設メンバーの1人で、バスク人です。ポルトガル王ジョアン3世の依頼でインドのゴアに派遣され、その後1549(天文18)に日本に初めてキリスト教を伝えたことで特に有名です。イグナチオ・デ・ロヨラとフランシスコ・ザビエルは共通点があります。2人ともスペインのバスク人です。バスク人に重要なカギがあると感じて調べました。

 

wikiには、『バスク人とは、ビスケー湾岸でピレネー山脈西端部にある、伝統的にバスク地方として知られる地域に元来居住している系統不明の民族。スペインの北東からフランス南西部のピレネー山脈周辺にかけて居住する。古代ローマ時代にバスク人は自治を許され、中世から近世にはバスク人の王(イニゴ・アリスタ)の末裔達がイベリアの並み居る王家を継承するなど権勢を誇った。バスク人は中世より漁師として大西洋へタラ漁や捕鯨に繰り出し、大航海時代には多数の航海者やコンキスタドールを輩出し、南北アメリカ大陸に多くの移民を送り出した。

 

スペインのバスク人居住地域は同国で最も所得水準の高い地域でもあるが、スペイン内戦で多くのバスク人民族分離主義者が共和国側についたことやフランコ政権の弾圧に抵抗していた歴史があり、中でも急進的な組織である「バスク祖国と自由(ETA)」は数々のテロ事件を起こし、かねてからスペインとその周辺、関係国の政治問題となっている』と記されています。また、捕鯨のwikiには、『バスク人による捕鯨 イベリア半島北岸のビスケー湾に居住するバスク人による捕鯨は、一般的に11世紀頃にノルマン人から伝習されたのが起源であるとされている。

 

文献としては11世紀からバスク人が独占的に捕鯨を行っていたことが分かっており、舌が貴族層の嗜好品として、鯨肉は沿岸住民の食用に饗されていた。13世紀に入ると、バスク人による捕鯨業はさらに発展拡大した』とあります。《大阪や函館のクジラの迷い込みのニュースとクジラのメロン体の超音波技術を闇に利用する人間のエゴ》などの記事にありますが、捕鯨は実質的な動物の松取りであり、支配層の裏の金儲けの隠れ蓑になっていると分かっています。それ故に、捕鯨を独占的に行っていた漁師であるバスク人は、表裏の金儲け工作に長けていた現場工作員(サンカ)の民族だと捉えています。

 

イエズス会の創立者であるイグナチオ・デ・ロヨラフランシスコ・ザビエルの御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「トカゲ」「トカゲ」と伝えられました。イエズス会の創立者2人は、闇の叡智を持つトカゲ人間だったと感じます。もう1つバスクについて気づきがありました。バスク人が暮らすスペインバスク地方は、日本の山口県萩市に相当すると直感しました。「日本は世界の雛型」と言われており、世界の各大陸の相似形が日本列島を構成しています。山口県萩市は維新の志士たちを輩出した松下村塾とその象徴の吉田松陰の故郷の地です。

 

「吉田」姓は典型的な八咫烏の苗字であり、吉田松陰も八咫烏工作員として重要な役割を担っていました。スペインのバスク地方と日本の山口県萩市は、工作の叡智の地であり、優秀な工作員たちを輩出する場所だと理解しています。イエズス会の現総長はアルトゥロ・ソサ(南米ベネズエラ管区)イエズス会本部(イタリア・ローマ)所在地(Borgo Santo Spirito, 4, 00193 Roma RM, イタリア)については、《真実を隠すために嘘で繕う松利権の闇の中心にあったキリスト教カトリック》で光を降ろしており「トカゲ。松」「いいです」と伝えられました。

 

イエズス会が開設した日本初のカトリック系大学としての上智大学》にありますが、イエズス会の日本の中心拠点が上智大学と捉えています。現に、イエズス会日本管区本部(S.J.ハウス・イエズス会修道院)は上智大学四谷キャンパス内にあります。イエズス会日本管区の区長・佐久間勤(神父)本部(S.J.ハウス・イエズス会修道院)所在地(東京都千代田区紀尾井町7-1)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「トカゲ」「誘拐・監禁」と伝えられました。金儲けのために弱者を隠れ蓑にした嘘・工作を担ってきたイエズス会の闇の役割が終わり、支配層の闇の仕組が終焉を迎えることを願っています。(おわり)