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南方熊楠のウィキペディアを読んでいくと「神島(かしま)」が気になりました。神島は、和歌山県田辺市にある全島が照葉樹林に覆われた無人島で、天然記念物に指定されています。南方熊楠が保存運動に動いたことでも知られています。

 

1929(昭和4)61日、南方熊楠が昭和天皇を神島に迎えて、長門艦上で進講(天皇の前で学問の講義をすること)を行いました。「天皇は530分に長門に畠島(神島の近くの島)から帰艦し熊楠の進講を受ける・・熊楠は、蜘蛛、ナキオカヤドカリ、粘菌標本を献上した」と記されています。

 

神島は、古来より島全体を海上鎮護の神として崇め、樹林は神林として、また魚付き林として地元の保護を受け、明治まで人手のほとんど入らない森林を維持し続けました。《神島(国指定天然記念物)》には、神島が古くから神島神社の社叢として大切に保全されてきており、現在も許可なく上陸できないと記載されています。

 

南方熊楠の神島での天皇への進講には、2つの疑問を持ちました。1つは、どうして神島だったのかです。もう1つは、なぜ昭和天皇が戦艦長門で来島したのかです。これまでのワークから歴代天皇が各地に外出する「行幸(ぎょうこう)」は、松利権の行使と関係していると感じます。

 

特に明治維新から戦後にかけて、地下壕などの地下施設などが多数作られており、戦争を隠れ蓑として、松利権の行使が行われて来たと思います。神島は、神島神社の社叢という「鎮守の森」であり、神社の敷地です。日本各地の神社には鎮守の森があり、古くから松利権の行使が行われて来たと推測できます。

 

鎮守の森は、精霊が集まる場所で、自然の光の地です。人命が奪われる松利権の行使は、大きな闇となり、その地の精霊の光を封印することになります。戦艦長門は、松利権のための人を運搬することも可能だったと思います。また、神島のWikipediaには、「ハカマカズラ」の記載がありました。

 

ハカマカズラは、蔓になるマメ科ジャケツイバラ亜科の常緑性木本で、大変大きくなります。沖縄ではごく普通に見られるが、熱帯系の植物として日本本土では希少です。本州では紀伊半島南部の海岸線に点在するのみで、和歌山県の神島は、この種の存在をもって南方熊楠が強く保存を主張したとされます。

 

「神島に生育するハカマカズラの種子で作られた数珠は熊野詣での人たちに特別なお守りとして珍重されたことが知られている」「神島では地元民がこれを採取して京都の仏具屋に送っていた。装備が不十分なものの魔除け、特に蝮・蛇・諸毒虫を退けるとされた」と記されています。

 

ハカマカズラの植物は、防虫剤となり、異臭を防ぐ働きがあったと感じます。ハカマカズラから「熊楠」の名にもある「楠(くすのき)」を思いつきました。楠は、古くから寺や神社の境内にもよく植えられており、特に神社の社業ではしばしば大木が見られ、ご神木として人々の信仰の対象とされるものです。

 

実は、この楠から防虫剤としての樟脳(しょうのう)が採取されます。古くから楠の葉や煙は防虫剤、鎮痛剤として用いられ、作業の際にクスノキを携帯していたという記録もあるといいます。ハカマカズラや楠は、松利権の行使の際に、消臭と防虫を目的にして用いられてきたのだと思います。

 

日本各地の神社や寺院には、鎮守の森などに「禁足地」という立入禁止の場所が存在します。禁足地は、昔、松利権が行使された場所の名残だと感じます。神島が開かれるよう意図して光を降ろすと「光は入りました」と伝えられました。神島の封じられた光である精霊たちが解放されることを願っています。(おわり)