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16日、中央やや左側の下前歯の歯肉がスポット的な腫れができて、気になっていました。数日前から弱い痛みがあり、ワークをする場所を教えている感じでした。部屋の壁に貼ってある大きな日本地図を観てみると阿賀野川の会津辺りだと思いました。阿賀野川の闇の解除・統合は、まだ終わっていないようでしたので、再度、ネットで調べていきました。

 

阿賀野川のウィキペディアには、阿賀野川の名前の由来には諸説あり、幾つかの説が記載されていました。その中で、「仏教用語の「閼伽(あか)()が変化したもので、水量の豊富であることを意味する」という説が気になりました。閼伽は、仏教において仏前などに供養される水のことで六種供養のひとつで、サンスクリット語のargha(アルガ)の音写で、功徳水(くどくすい)と訳されます。

 

個人的には、閼伽=赤()であり、松取りによる水の封印を連想します。阿賀野川のウィキペディアには、「阿賀野川は上流部を豪雪地帯で占め、年間流水量は全国でも屈指の水量を誇る。その上急流でもあることから古くから水力発電には絶好の開発地点であった。阿賀野川の水力発電開発は、そのまま日本の水力発電史に当てはまる」とも記されていました。

 

阿賀野川の水力発電所だと思いました。ネットの詳細地図で阿賀野川水系の水力発電所を探していくと「沼沢沼発電所」と感じました。ウィキペディアには、「1952年に東北電力は天然湖である沼沢湖を上池、宮下ダムを下池として日本初の純揚水発電所・沼沢沼発電所(43,700キロワット)を完成させた」とあります。沼沢沼発電所は、阿賀野川水系の最大支流の只見川(水源・尾瀬沼)につくられました。

 

揚水発電は、夜間・休日昼間などの需要の少ない時間帯に電力系統の電力・周波数・電圧・力率の調整のため、他の発電所の余剰電力で下部貯水池(下池)から上部貯水池(上池ダム)へ水を汲み上げておき、平日昼間・夕方電灯点灯時などの需要が増加する時に、上池ダムから下池へ水を導き落とすことで発電する水力発電方式です。

 

地下発電所》には、「自然環境や景観を大切にするという意図から、地下に大規模な空洞を掘り、発電所が建設されています。現在、日本には発電規模90kW以上の揚水式地下発電所が12件もあります」と記載されていました。画像あるように、揚水発電所には、大規模な地下施設が必要なのです。揚水発電所の地下施設では、アドレノクロムなどの松製品の製造も可能と思われます。

 

揚水発電所の地下施設で松取りの闇を置けば、水という光のエネルギーを封じることが出来ます。《柏崎千葉構造線から直感した表の原発と裏のアドレノクロム工場の構図》にある原子力発電所と同様に、揚水発電所も表裏の構図になっていると感じます。沼沢沼発電所は、現在は第二沼沢発電所(福島県大沼郡金山町沼沢)に代わっています。東北電力は、日本宮城県仙台市に本店を置く電力会社です。

 

日本の東北地方、新潟県、関東地方などで電力小売り事業や発電事業等を行っています。旧一般電気事業者の中で東京電力ホールディングス、関西電力、中部電力に次いで売上高が大きく、また、東京都より北に本社を置く企業の中では最大の企業です。そのため、本社のある東北地方の企業が加盟する東北経済連合会ではリーダーシップを執っています。

 

ウィキペディアをみていくと東北電力の初代会長が「白洲次郎(しらすじろう)」でした。白洲次郎(1902-1985)は、兵庫県芦屋市出身の実業家、貿易庁長官です。連合国軍占領下の日本で吉田茂の側近として活躍し、終戦連絡中央事務局や経済安定本部の次長を経て、商工省の外局として新設された貿易庁の長官を務めました。

 

吉田政権崩壊後は、実業家として東北電力の会長を務めるなど多くの企業役員を歴任しました。《ピラミッドの上層部が重い闇となった支配の構図》で白洲次郎のワークを行っており、「米国派工作員」と分かっていました。第二沼沢発電所とその周辺の地下を意図して光を降ろすと「いいです」と伴侶が伝えて来ました。白洲次郎に光を降ろすと「プレアデスの闇」と伝えられました。

 

東北電力の会長・海輪誠と社長・樋口康二郎に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「松喰い」「松喰い」と伴侶が伝えて来ました。やはり第二沼沢発電所の地下施設が松取りの闇になっている可能性が高いと見ます。これまで各電力会社のワークを行ってきましたが、東北電力は、非常に闇が深いです。古くからの東北での松果体収穫の闇を引継いでいると感じます。(つづく)