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成基コミュニティグループ代表の佐々木喜一氏は、一般社団法人「志教育プロジェクト」の副理事長をしています。公式サイトには、志教育プロジェクトの目的について「良い世の中を創ろうという志ある人達がつながり、自分のできることで、幸せな世界の礎を創ることです。」と記されています。説明文の中に「志」が多用されている点が気になります。

 

また、戦略として「2020年までに志共育と志を宣言する機会を、世界二百カ国、日本千五百市町村で実現します。青少年の志は、1m四方の志クロス(KOKOROZASHI CLOTH)に寄書きされます。さらに、それを繋げることで、大きな志旗ができあがり、それを2020年の東京オリンピックのスタジアムにおいてお披露目をすることをめざします。」とあります。

 

現実的に何をするのか実態が見えて来ません。賛同者の中には、早稲田大学4年生の時、友人らと共に小学生対象の学習塾「博文館」を開設した下村博文元文科相の名前も記載されています。志教育プロジェクトの役員のワークを行いました。出口王仁三郎の曾孫である出口光理事長、有川一三理事、北見 俊則専務理事・事務局長に闇の解除・統合を意図して光を降ろしました。

 

「トカゲ」「ペド。松喰い」「トカゲ。理事長と関係している」と伴侶が伝えて来ました。志教育プロジェクトは、裏表を使い分け、裏を隠すために表を整えるキリスト教の闇を感じがします。佐々木喜一氏は、一般社団法人日本エデュバイト協会(JEBA)会長でもあります。公式サイトには「21世紀を担う、志あるグローバル・グローカル人財の育成を通じて  社会の課題を解決する善循環を構築する。

 

JEBAは教育とアルバイトを組み合わせた「エデュバイト」によって、「人づくり」で教育機関、企業、そして日本を支えていきます。」と書かれています。元島根県益田市長の福原慎太郎副会長に光を降ろすと「出口と同系列。トカゲ」と伝えられました。やはり佐々木喜一氏が子供や若者に関係した仕事をしているのは松利権に関係しているからだと感じます。

 

ワークを終えて、出口王仁三郎が気になっていました。というのは、前日、ネット検索で目に留まった《21/04/05 フルフォード情報英語版:ハザール・マフィアがスイスからバイデン心理作戦を進行中》を読んでいたからです。ベンジャミン・フルフォード氏が殺されそうになったという宗教団体の創始者が出口王仁三郎でした。

 

真世界宗教連合会公式サイトには、「1925年(大正14年) 5月、世界宗教連合会設立。大本の教祖である出口王仁三郎氏は、各宗教・各民族が、自分の教義 教理・文化言語等にとらわれずに、他の宗教や民族を理解し合い、相互の融和と結合がなければ、地上に永遠の平和はおとずれないと考え「世界宗教連合会」を設立」と記されていました。宗教自体が「松」関連なので、この団体も同じだと思います。

 

出口王仁三郎(1871-1948)は、新宗教「大本」の二大教祖の一人です。大本において聖師と呼ばれ、強烈な個性と魅力とカリスマを持っていたとされ、メディアを含め様々な手法を駆使して昭和前期の大本を日本有数の宗教団体に発展させました。その一方で実像をとらえることが難しく、奔放な言動により敵対者から多くの非難を浴び、その評価は現在でも定まっていません。

 

いわゆる「国家神道」と相容れない教義を展開した大本は危険勢力として政府の弾圧を受け、自身も7年近く拘束された。太平洋戦争終結後は教団の再建に尽力するも、まもなく病により死去しました。王仁三郎の読み方について「わにさぶろう」とされることがあります。百済から日本に漢字と儒教を伝えた学者王仁(わに)との関連を指摘する研究者もいます。

 

出口王仁三郎はプレアデスのワニの宇宙人が関係したので、強力な霊力を有していたと感じます。また、国家神道と大本は、表の米国の闇と裏の欧州の闇2大勢力の対立構図でした。伊勢神宮を頂点とする国家神道は、吉田松陰、伊藤博文などの長州藩士が構築したロックフェラー系です。一方の大本は、中国、満州の赤十字である「紅卍字会」や頭山満などと関係しておりロスチャイルド系です。

 

国家神道と大本は、松利権の支配が目的であり、対立関係にあったのです。出口王仁三郎は、過去の大本教のワークで幾度か光を降ろしていました。世界宗教連合会の闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「物凄い闇。強い支配。力でやる」と伴侶が伝えて来ました。宗教は外側に崇めるものである神仏を置いて、人が自分を一番大切にすることを忘れさせる闇の役割です。

 

自由にさせない支配の暗闇に入れることで光らせないようにするのです。教育も宗教と同じ闇の役割です。子どもや若者の魂を輝かせないための支配です。秘密裏に松果体収穫が行われて来たのです。宗教団体が教育分野に携わるのはこのためです。裏の金儲けの松取りを隠すために、表で清廉潔白を装うのです。松利権が裏に隠された宗教、教育の闇が終わりになることを願っています。(おわり)