
6月20日の夜、左の肩の辺りに痛みがあり、サインだと思いました。左腕は日本地図で能登半島に当たるので、能登半島の付け根の周辺でした。グーグルマップで細かく観ていくと「宝達山(ほうだつさん)」と感じました。宝達山は、石川県中部にある山です。山域は羽咋郡宝達志水町、かほく市、河北郡津幡町、富山県氷見市、高岡市に跨り、山頂は宝達志水町にあります。
標高は637mで、能登地方の最高峰です。宝達山の名称は江戸時代に金山が存在したことに由来するとされます。宝達山を源流とする宝達川の流域で、下流域に水道水や農業用水を供給している宝達山水源の森があります。宝達山水源の森は、水源の森百選に選ばれています。最近のワークの流れから、宝達山にはワニのエネルギー体がいて山を封じていると感じました。
宝達山のワニの解除・統合を意図して光を降ろすと足が温かくなったのでOKだと思いました。グーグルマップをよく観ていくと宝達山の麓の「伝説の森公園(モーゼパーク)」が目に入りました。モーゼパークは、過去に光を降ろした記憶がある場所です。伝説の森公園モーゼパークは、石川県羽咋郡宝達志水町河原地内にある宝達山山麓の三ツ子塚古墳群を整備した公園です。
ここがモーゼの墓であるとした山根キクの主張を押水町が町おこしに利用して整備し、1993年にオープンしました。金沢大学教授の中村伸浩によると、モーゼの墓であるという伝承や証拠はなく、山根キクの著作が唯一の根拠とされます。山根キクは「竹内文書」の影響を受けており、自分は「キリストの遺言状」を知っていると主張し、十字架の上で死んだのはキリストの弟で、キリストは日本で死んだと述べたといいます。
山根は著作「光りは東方より」で、石川県押水町の通称・三ツ子塚という古墳をモーゼの墓であると主張しました。三ツ子塚には「聖者モーシェ大導位の霊位」という札が立てられ、宗教関係のグループなどが無断で立ち入るようになりました。山根キク(1893年-1965年)は、山口県萩市出身の考古学、歴史学の女性ジャーナリスト、社会活動家、政治家で、本名は山根菊子です。
「竹内文書(たけうちもんじょ)」から強く影響を受けており、キリストやモーセの墓が日本にあると主張しました。伝説の森公園モーゼパークは、町おこしのために創られた公園であり、眉唾物と思いました。きっかけとなった山根キクは宗教団体を関わっており、真実を隠すために嘘をつく「ワニの宇宙人」と関係していると感じました。山根キクの御魂が上がるよう光を降ろすと「ワニ」と伴侶が伝えて来ました。
やはりワニの宇宙人と関係していました。山根キクが強い影響を受けた「竹内文書」は、古代の文書を装ったとされる偽書です。神代文字で記された文書と、それを武烈(ぶれつ)天皇の勅命により武内宿禰(たけのうちのすくね)の孫の平群真鳥(へぐりのまとり)が漢字とカタカナ交じり文に訳したとする写本群と、文字の刻まれた石、鉄剣など、一連の総称で、天津教の聖典とされます。
平群真鳥の子孫であるとされる竹内家に、養子に入ったと自称する竹内巨麿(たけのうちきよまろ)が、1928年(昭和3年)3月29日に文書の存在を公開しました。当時、竹内巨麿は皇祖皇太神宮天津教を興し、同宮の神職でした。元々の竹内文書は、彼の天津教と直接関係はなく、竹内文書の内容と、さらに新宗教天津教の教理が加えられたものが、同宗教団体の教典に位置づけられています。
《青森 キリストの墓 ~巡礼の旅(258)~》は、2015年5月に竹内巨麿が発見したとされる青森県のキリストの墓のワークを行った時の記事です。「十字架は自分に剣を刺すこと」と伝えられ、「十字を切ること」は自分を封印することだと分かりました。竹内巨麿の御魂が光に還るよう意図して光を降ろすと「ロスチャ」と伝えられました。竹内巨麿は、ロスチャイルドの工作員でした。
松取り(松果体収穫)の真実を隠蔽するための工作だったと感じます。これまでのワークから北海道、東北地方や日本海側には、キリスト教、イスラム教、仏教、儒教、神道の宗教の原型となった光のコミュニティがあったと分かっています。光の存在としての各リーダーが早池峰山/大千軒岳、日室山、梵珠山、鳥海山、湯殿山に封印されていました。それぞれの光を封じて、闇の役割としての宗教が創られたのです。
原型の光の存在を封じて、それを模して、イエス・キリスト、マリア、仏陀などの各宗教の崇める神仏のモデルを創りました。初期の宗教は、純粋な闇としてアヌンナキが関わっていましたが、エゴの闇になるとワニの宇宙人やトカゲが関与しました。いずれの宇宙人も神仏に化けることが得意です。竹内文書は真実が混ぜられていると感じます。宗教という支配の闇が終わり、日本が開かれることを願っています。