7月6日に起きた胸の中央の痛みは、別の意味のサインだと感じていました。今までの経験では、自分の体を日本列島全体と捉えて場所を教えてくれるサインでした。痛みや異変が起きた体の箇所で日本のどこに光を降ろしたらよいのか感覚で知るのです。痛みが出た胸の中央のハートチャクラの部分は、大きな日本地図を観ると「諏訪湖」だと思いました。
もう1つ「鏡」のキーワードが来ていました。伊豆山神社などの九曜紋は、「太陽」「火」「鏡」を意味していると感じていました。また、三種の神器の「剣」と「勾玉(まがたま)」は、松取り(松果体収穫)に関係していると推察していました。「剣」は首や頭部を切るための武器で、「勾玉」は、精霊、魂の光、水のエネルギーなどです。そうすると「鏡」も、松取り(松果体収穫)の際に使うものだと感じます。
太陽の闇のエネルギーを放つものとして利用して来た可能性があります。ちなみに、三種の神器の1つである「八咫鏡(やたのかがみ)」のウィキペディアの画像は、その模様が「九曜紋」と同じです。「八咫鏡」は、「太陽」からの「支配」の意味も強くあると見ます。そうすると、「剣」と「鏡」は、「勾玉」という光を封じる闇の役割となります。「剣」は「分離」、「鏡」は「支配」を意味します。
「分離と支配」によって地球の「光」を封じる意味になります。諏訪湖に「鏡」が関係していると思い、「諏訪湖×鏡」で検索すると「鏡湖(かがみこ)」と「真澄鏡(ますみのかがみ)」に行き着きました。鏡湖は、長野県茅野市にある湖で、諏訪湖から南東方向に約10kmの所にあります。真澄鏡は、諏訪大社上社の神宝の一つです。
伝承では諏訪上社の神宝は祭神である諏訪明神(建御名方神)が携えたものとされます。古くは他の神宝(八栄鈴等)とともに上社前宮(長野県茅野市)境内にある内御玉殿(うちのみたまどの)に納められていました。鏡は現在、第一の神宝として上社本宮(諏訪市)の宝殿に安置されているため、拝見することは出来ないといいます。
鏡湖をグーグルマップで観ていくと「水神」のマークがありました。水神の画像を観ると四方を御柱を立てて囲んだ石碑でした。光を降ろす対象と「水神」「鏡湖」「真澄鏡」「諏訪湖」の4つと決めて、情報をまとめていました。昨日の7月10日、テレビを山登りの番組を観ていると霧ヶ峰と諏訪湖が映っていました。映像を観ていると「諏訪湖(すわこ)」は「壊す(こわす)」と閃きました。
諏訪湖が開くと闇の世界が壊れることになると感じます。こうした逆に読むことでヒントになったのが「十勝(とかち)」は「地下十字(ちかじゅうじ)」です。実際に、十勝平野の地下に十字の封印があることがワークで分かっています。《2つの構造線が交差する諏訪湖》にあるように、諏訪湖は、糸静線と中央構造線の交差点です。2つの構造線に沿って神社仏閣が置かれ、封じられて来ました。
神社仏閣は、松取り場所であり、大きな闇のエネルギーが置かれることになります。この2つの構造線の神社仏閣の解除のワークを行ってきました。鏡湖畔にある水神に光を降ろすと「結界」と伴侶が伝えて来ました。結界は、闇のエネルギーでバリアを張ることです。鏡湖が開くように意図して光を降ろすと「諏訪湖と繋がっている」と伝えられました。
次に、真澄鏡を意図して光を降ろすと「フェイク。ご神体は諏訪湖で封じている」と伴侶が伝えて来ました。諏訪大社は、下社春宮、下社秋宮、上社本宮、上社前宮の4社あり、諏訪湖の周囲に置かれています。《2つの構造線の封印を意味する丸十字》にありますが、諏訪大社には、「ミシャグジ信仰」がありますが、「ミシャグジ」とは「精霊」のことです。
精霊を祀っていると見せかけて、実は精霊を封じているのです。精霊の光を封じる闇として動物を含めた松取りが行われてきました。構造線や断層という場所は、純粋な火である光が放たれる場所です。山も噴火する場所なので、同じ光の場所です。構造線や山には、光を封じるために、古くから松取りが行われる神社仏閣が置かれてきました。
現在では、松取りが行われる場所が神社仏閣から原発、水力発電所、病院、福祉施設などに変わっています。最後に、諏訪湖が開くように意図して光を降ろすと「光は入りました。いいと思います」と伝えられました。光の世界を築くためには、一度、エゴの闇の世界が崩壊しなければなりません。闇の終焉が訪れて、日本が光輝く姿になることを願っています。