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指宿海軍航空隊基地跡と天狗伝説の残る魚見岳の松取り(松果体収穫)の闇は、薩摩半島の先端の海岸線を封じる役目があったと感じます。現在、松取りの闇を引継ぐ場所の多くは、医療施設です。指宿市の医療機関を調べていくと、「国立病院機構指宿医療センター」と「メディポリス国際陽子線治療センター」が目につき、ワークの対象に選びました。

 

独立行政法人国立病院機構指宿医療センターは、鹿児島県指宿市十二町にある医療機関で、独立行政法人国立病院機構が運営する病院です。政策医療分野におけるがん、成育医療の専門医療施設であり、南薩保健医療圏(枕崎市・指宿市・南さつま市・南九州市)の地域医療支援病院の承認を受けています。

 

19391030日に、傷痍軍人鹿児島療養所として創設され、1945121日に厚生省に移管、国立鹿児島療養所として発足しました。196841日に、国立療養所から国立病院への変更により、国立指宿温泉中央病院に改称しました。政策医療とは、日本において国がその医療政策を担うべき医療であると厚生労働省が定めているものです。

 

現在、がん、精神疾患、国際的感染症など19の医療分野があります。《米国の支配下に置かれた国立病院網という日本最大の病院ネットワーク》にありますが、国立病院機構は、本部を東京都目黒区に置き、全国に143の医療施設(病床数約52,000)、看護学校、助産学校等の付属施設と約59,000人の職員を有する日本最大の病院ネットワークです。

 

傷痍軍人療養所や結核療養所(サナトリウム)の歴史もあります。大日本帝国軍の戦争を隠れ蓑にした松取りの闇を引継ぐ、日本の医療の闇の中核となる病院ネットワークと見ています。グーグルマップで国立病院機構指宿医療センターの場所を観ると、近くに「指宿いわさきホテル」や「岩崎美術館」があり、大隅半島の佐多岬のワークで光を降ろした岩崎産業と歴史的につながっていると感じます。

 

国立病院機構指宿医療センターの院長・鹿島克郎と病棟全体に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「仁風林」「闇」と伴侶が伝えて来ました。メディポリス国際陽子線治療センターは、鹿児島県指宿市東方にある、がんに対する滞在型の陽子線治療施設です。20111月、九州初の粒子線治療専門施設として陽子線によるがん治療を開始しました。

 

がんに対する根本的、かつ身体にやさしいがん治療の実践を通して、国内外のがん患者のQOL(生活の質)向上に大きく寄与することを目的にしています。一般社団法人メディポリス医学研究所が設立・運営を行っています。20076月に、現センターの前身である財団法人メディポリス医学研究財団附属医院が開院されました。

 

公式サイトによると、メディポリス医学研究所は、健康に関わる医療、研究、産業の分野を包括的に取り組み、「南九州から世界に向けて“光”を放つ医療」を基本コンセプトとし、健康への強い社会的ニーズに総合的に応えることができる施設を目指しています。メディポリス医学研究所は鹿児島県に九州で初めてがん粒子線(陽子線)治療研究センターを開設しました。

 

メディポリス国際陽子線治療センターのセンター長・荻野尚は、1982年に千葉大学医学部卒業後、国立がんセンター東病院放射線部医長、同東病院陽子線治療部長を歴任しています。メディポリス医学研究所の理事長・永田良一は、1958年、鹿児島市に生まれ、聖マリアンナ医科大学卒業後、鹿児島大学大学院医学博士を取得しました。

 

密教学修士(高野山大学大学院)、株式会社新日本科学代表取締役会長兼社長、学校法人ヴェリタス学園(認定こども園)理事長、ブータン王国名誉領事、公益財団法人日中医学協会理事など多彩な肩書を持っており、広範なネットワークを有していると感じます。新日本科学は、グローバルバイオ企業で、東京都中央区明石町の聖路加国際病院の聖路加タワー28階に本社を置きます。

 

メディポリス国際陽子線治療センター長・荻野尚、メディポリス医学研究所の理事長・永田良一に闇の解除・光を降ろすと、「金」「レプタリアン」と伝えられました。メディポリス国際陽子線治療センター全体に光を降ろすと「入院患者もエゴ。有馬温泉みたいなもの」と伝えられました。金とエゴの闇を含むがん治療に特化した医療の闇が置かれた指宿の地が開かれることを願っています。(おわり)