
日本と韓国の間の懸案問題の1つに「(従軍)慰安婦問題」があります。徴用工問題や竹島の領土問題と共に、慰安婦問題は、裏で手を握りながら表で対立構図を作るというDS(ディープステート)の工作だと見ています。現実的には、日本の公金(税金)の奪取を目的にしているのです。日朝間には、拉致問題と核開発・ミサイル問題があります。日本を封印するために、朝鮮半島が南北に分離されたと感じています。
日韓関係の悪化で利益を得るのは韓国の当事者だけではなく、利権を有する日本の政治家なども入ります。一番虐げられる対象は日本国民です。DSの支配者層で儲けた金を仲間で山分けする構図が作られています。闇の仕組を終わらせるためにも、日本国民を暗闇にして来た「慰安婦問題」について調査とワークを行うことにしました。ウィキペディアには、『日本の慰安婦問題は、旧日本軍の慰安婦に対する日本の国家責任の有無に関する問題。
慰安婦問題にはさまざまな認識の差異や論点があり、日本・大韓民国・国際連合などで1980年代ころから議論となっている。慰安婦は大戦以前合法とされた公娼であり、民間経営者により報酬が支払われていたこと、斡旋業者が新聞広告などで広く募集をしていたこと、内地の日本人女性もいたことなどから、国家責任はないとの主張がある一方、慰安婦は一般女性が官憲や軍隊により強制連行された性奴隷であるとの主張もある』と記されています。
個人的には、従軍慰安婦は日本軍に限らず他国の軍隊にもあったと感じています。当然、他国も行っていたから良しではなく、日韓政府が真実を追求し問題を解決しようとしてない点に慰安婦問題の核心があると見ています。慰安婦問題での象徴として「慰安婦像」があります。旧日本軍の従軍慰安婦に関する石碑や像が、韓国、中国、台湾、日本、フィリピンに設置されている他、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ドイツでも設置されています。
特に韓国では、慰安婦問題を追及する民間団体である韓国挺身隊問題対策協議会が中心となり50体以上の慰安婦像を設置しており、ソウルの日本大使館前や釜山の日本総領事館前の慰安婦像は、日韓の外交問題に発展しています。慰安婦像の設置は、広い意味で「嫌がらせ行為」だと感じます。当事者同士が腹を割って真摯に話し合いを持てば解決できるのに、敢えてそれをしないで、炎上させているのです。
メディアの映像を通して多くの人たちの目に触れるようにしています。米国で展開された、DSのアンティファによるBML運動と同様な工作の特徴が色濃く出ています。DSのやり方は、賛成・反対の2つの勢力の対立構図を作り、利益を得ることをします。それは同時に、問題の本質を隠すことになります。新型コロナウイルス、コロナワクチン、原発の問題も同じく捉えることが出来ます。ウィキペディアの中から慰安婦問題のワークの対象を選び光を降ろしていきました。
慰安婦像設置を推進した韓国挺身隊問題対策協議会を設立者が、尹貞玉(ユン・ジョンオク:1925年-)です。wikiには『1988年、韓国教会女性連合会主催のセミナーで挺身隊踏査報告を行い韓国教会女性連合会に「挺身隊研究委員会」設置させる。1990年、「挺身隊(怨念の足跡)取材記」をハンギョレ新聞に連載。1990年11月16日、韓国教会女性連合会、韓国女性団体連合会等16団体が参加して韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)を結成』とあります。
また、『1991年、衆議院議員会館の一階の応接室で女優の東丘いずひ、元政治家秘書の大杉実生と尹貞玉で打ち合わせをしていた時に、日本社会党の土井たか子の女性秘書から「いつものです。活動費に使ってください」と渡された封筒に入った数十万から約百万円の札束を領収証も書かずに手慣れた手つきで受領』とも記されています。尹貞玉(ユン・ジョンオク)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「金」と伝えられました。
日本の国会で「慰安婦問題」を取り上げたのは、旧社会党の参議院議員でした。wikiには、『1990年6月6日の本岡昭次参院議員(社会党)による国会質問で、日本政府が慰安婦問題について「調査はできかねる」と答弁した』とあります。本岡昭次(1931年-2017年)は、兵庫県出身の政治家で、参議院議員(4期)です。民主党が政権とる10年前まで提出し続けた「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」の起案者としても知られています。
そのため、この法案は別名「本岡法案」とも言われました。本岡も2007年3月27日の朝日新聞夕刊で「政権交代したら、真っ先にこの法案が実現する」と強調していました。慰安婦問題をめぐり、弁護士の戸塚悦朗を国連でロビー活動へ導き、問題解決のために国際レベルに発展させました。日本における慰安婦問題の火付け役と後ろ盾は、元委員長・土井たか子、本岡昭次を含む旧日本社会党だったことが伺えます。本岡昭次の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「工作員」と伝えられました。(つづく)