
徳島県小松島市は、『2000年代からは港を中心とした「港湾都市」から徳島赤十字病院などを中心とした「医療福祉都市」へと変わろうとしている』とされています。徳島赤十字病院などの日本赤十字社の施設を運営している日本赤十字社徳島県支部を調べていきました。日本赤十字社徳島県支部公式サイトの《組織図》から徳島県知事・飯泉嘉門(いいずみかもん)を支部長として5つの施設を運営していることが分かります。
徳島赤十字病院、徳島県赤十字血液センター、徳島赤十字乳児院、徳島赤十字ひのみね総合療育センター、徳島赤十字障がい者支援施設ひのみねの5つです。また、日本赤十字社の都道府県支部の支部長が知事になっているのかをネットで調べると《日本赤十字社の都道府県支部役員一覧》を見つけました。日本赤十字社の各都道府県支部Webサイトで公開されている名簿(2011年12月現在)を元に集計した日本赤十字社の都道府県支部役員名簿が掲載されています。
日本赤十字社の支部は全国47都道府県にあります。都道府県知事以外の人物が支部長になっているのは、北海道、東京都、大阪府、鳥取県の4つのみで、残りの43の県は全て県知事が支部長に就いています。赤十字社は、日本に限らず世界の松利権ネットワークを形成しています。都道府県知事が日赤の支部長であること自体が金が絡む利権ネットワークの一員であると捉えることができます。
出典サイトには、『天下り先としての側面を見るために、行政に関する経歴のある方はその役職も掲載してみました。こうしてみると、ほとんどの支部で知事が支部長に就任し、退職した公務員を役員に迎えていますね。多くの市町村においても、市町村長が日本赤十字社の末端組織の長になっている現実があります。
日本赤十字社は、いわゆる「天下り」団体になっているのが実態のようです』と記されています。
都道府県知事が日本赤十字社の支部長になり、退職した公務員が役員になる利権の闇の構図が見えて来ます。これが都道府県だけではなく、市町村にも及ぶと成れば、日本赤十字社が原点となる金が絡む利権の暗黒網が緻密に張り巡らされていることになります。日本赤十字社徳島県支部公式サイトには『日本赤十字社は、国内の赤十字活動の拠点として、47都道府県に支部を設置しており、徳島県支部は明治20年10月28日に全国で初めて設立された6支部の1つとして誕生しました』とあります。
日本赤十字社にとっても徳島県は重要拠点であることが分かります。日本赤十字社徳島県支部が運営する徳島赤十字病院、徳島赤十字乳児院、徳島赤十字ひのみね総合療育センター、徳島県赤十字血液センターについてワークを行いました。徳島赤十字病院は、徳島県小松島市小松島町にある日本赤十字社徳島県支部が運営している病院です。徳島県災害拠点病院でもあり、2006年5月に新築移転して開院しています。
1949年(昭和24年)9月 、小松島町立診療所が日本赤十字社徳島支部に移管、支部診療所として発足しました。1950年(昭和25年)4月、病院開設許可を受け、支部診療所を小松島赤十字病院と改称しました。徳島赤十字病院の院長・後藤哲也、病院施設に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「松」「松」と伝えられました。徳島赤十字乳児院は、徳島県小松島市中田町にある日本赤十字社の乳児院です。
乳児院とは、乳児(孤児)を入院させて養育し、あわせて退院した者について相談その他の援助を行うことを目的とする児童福祉施設です。1953年(昭和28年)8月、徳島県で乳幼児を預けて養育する唯一の施設として開所しました。1965年(昭和40年)4月、徳島赤十字病院の業務より分離しました。乳児院の院長・島本敬子、乳児院施設に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「売買関係」「病院と地下で繋がっている」と伝えられました。
徳島赤十字ひのみね総合療育センターは、徳島県小松島市中田町にある日本赤十字社徳島県支部が運営している療育施設及び病院です。徳島赤十字ひのみね総合療育センターには、18歳未満の医療型障害児入所施設と18歳以上の病院機能を有する社会福祉施設があります。併設施設の徳島赤十字障がい者支援施設ひのみねには、18歳以上の身体障がい者に対して、生活介護・施設入所支援を行っています。
徳島赤十字ひのみね総合療育センターの園長・加藤真介、センター施設に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「トカゲ」「いいです」と伝えられました。徳島県赤十字血液センターは、徳島県徳島市庄町にある輸血用血液の採血などを行っている日本赤十字社の施設です。徳島県赤十字血液センターの所長・新谷保実、施設の所在地に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「下っ端」「いいです」と伝えられました。
日本赤十字社徳島県支部の支部長・飯泉嘉門(1960年-)は、大阪府池田市出身の元自治省官僚、政治家です。徳島県知事(5期)、全国知事会会長(第13代)に就いています。帝塚山学院中等部から私立灘高等学校に進学し、東京大学法学部を卒業しました。1984年(昭和59年)4月に旧自治省に入省し、新潟県総務部地方課で112市町村の行財政を担当しました。1986年(昭和61年)、大臣官房総務課に勤務し、その後は山梨県、埼玉県、旧郵政省、徳島県に出向しました。
日本赤十字社徳島県支部の支部長・飯泉嘉門(徳島県知事)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「創価」と伝えられました。飯泉嘉門知事は、全国知事会会長にも就いており、徳島の地ゆえの大きな利権の力があると見ていましたが、やはり松利権の暗黒集団・裏の創価の工作員と感じます。光の地ほど深い闇の地になる仕組でした。日本赤十字社の闇の役割が終焉となり、徳島県小松島の地が本来の光の地と成るように願っています。(おわり)