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新島八重のwikiに気になる画像が掲載されていました。写真には、『新島八重()とエヴァンジェリン・ブース(/当時救世軍中将・アメリカ軍国司令官、ウィリアム・ブースの娘で、のち救世軍第4代大将)。右後方に同志社出身の山室軍平(救世軍中将・日本軍国司令官)がいる(昭和4(1929)11月撮影)』と説明書きがついていました。新島八重はキリスト教プロテスタント会衆派の信徒でしたので、同じプロテスタントの1派の「救世軍」と親交があったようです。

 

Wikipediaには『救世軍は、キリスト教プロテスタントの一派、および慈善団体。 世界131の国と地域で伝道事業(宗教活動)、社会福祉事業、教育事業、医療事業を推進する。軍隊を模した組織が特徴で、クリスマスを中心とした年末に行われる募金活動「社会鍋」で有名。日本では1895(明治28)に伝来し、日本福音同盟に加盟している。 英語の「The Salvation Army」を「救世軍」と日本語に翻訳したのは尾崎行雄である。

 

救世軍は、1865年にイギリスのメソジスト教会の牧師、ウィリアム・ブースと妻キャサリンによって、ロンドン東部の貧しい労働者階級に伝道するために設立された。救世軍は今日、世界でも最大規模の人道援助の事業団体の一つとして知られている』と記されています。キリスト教プロテスタントのメソジスト派は、松取り(松果体収穫)の大きな闇の役割だと分かっていました。エヴァンジェリン・ブース(1865-1950)は、救世軍の創始者の娘でした。

 

山室軍平(1872-1940)は、岡山県出身の宗教家・説教者で、日本人初の救世軍士官(牧師)です。エヴァンジェリン・ブース、山室軍平の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「トカゲ」「創価。ヤクザ」と伝えられました。救世軍の創始者ウィリアム・ブース(1829-1912)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「フリーメイソン」と伴侶が伝えて来ました。フリーメイソンは、松利権の秘密結社で天皇派(欧州)と米国派(米国)がありますが、救世軍は米国派です。

 

現将軍のブライアン・ペドル、社会福祉法人救世軍社会事業団理事長の石川一由紀、東京都千代田区神田神保町の本部所在地に光を降ろすと「創価」「すり替え名人。嘘つき」「いいです」と伝えられました。新島八重の関係から新島襄の関係のワークに移りました。新島襄-Wikipediaには『新島襄(1843-1890)は、キリスト教の教育者である。江戸時代の1864(元治元年)に密出国してアメリカ合衆国に渡り、そこでキリスト教の洗礼を受けて神学を学ぶ。

 

そして、改革派教会(カルヴァン主義)の清教徒運動の流れをくむ会衆派系の伝道団体である「アメリカン・ボード」の準宣教師となった。日本に帰った後の1875(明治8)にアメリカン・ボードの力添えによって京都府にて同志社英学校(同志社大学)を設立した。天保14(1843)、江戸の神田にあった上州安中藩江戸屋敷で、安中藩士・新島民治の子として生まれる。元治元年(1864)、アメリカ合衆国への渡航を画策し、「快風丸」に乗って開港地の箱館へと向かう。

 

614(717)、箱館港から米船ベルリン号で出国する。慶応元年(1865)7月、ボストン着。 ワイルド・ローヴァー号の船主、アルフィーアス・ハーディー夫妻の援助をうけ、フィリップス・アカデミーに入学することができた。慶応2(1866)12月、アンドーヴァー神学校付属教会で洗礼を受ける。慶応3(1867)にフィリップス・アカデミーを卒業。明治3(1870)にリトルアイビーと呼ばれる名門校アーモスト大学を卒業(理学士)

 

これは日本人初の学士の学位取得であった。アーモスト大学では、後に札幌農学校教頭となるウィリアム・スミス・クラークから化学の授業を受けていた。クラークにとっては最初の日本人学生であり、この縁でクラークは来日することとなった』と記されています。新島襄の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「キリスト教の裏」と伝えられました。キリスト教の裏とは、裏の目的の松取りの事です。

 

過去のワークでは、「裏のキリスト教の教義。いかに松を取るかが神への奉仕」と伝えられていました。新島襄が米国に密航する際、函館に立寄って米国に出航したことが気になりました。《ペリー来航から始まるキリスト教と軍事施設で結びつく隠された利権》にありますが、1857年にフリーメイソンであるペリーが函館に来航したことに繋がっていると感じます。当時の函館市は、アイヌ民族を犠牲にした松取りの草刈り場となっていた北海道の玄関口でした。

 

また、《幕末維新の時から医療・福祉の領域の裏で暗黒網が作られてきた函館市》から、江戸時代後期に、函館に設立された病院は、裏の松取りの暗黒集団である創価学会の闇に覆われていることが分かっています。新島襄・八重夫妻に縁が深い人物にジャーナリスト・歴史家の徳富蘇峰(とくとみそほう・1863-1957)がいます。徳富蘇峰は、米国派工作員の勝海舟に近い人物で、洗足池のワークで「工作員」と伝えられていました。

 

また、新島八重の過去世を持つクライアントの方のヒプノセラピーから、徳富蘇峰は、生の松を売買する裏の創価工作員だったことも分かっていました。当時、フリーメイソン米国派、キリスト教、創価学会が絡んだ松利権の暗黒集団が形成されていたと見ています。新島襄が同志社英学校(現・同志社大学)の設立に資金援助の協力をしたのが「アメリカン・ボード」です。アメリカン・ボードは北米最初の海外伝道組織です。

 

会衆派、長老派、オランダ改革派などが加わった、無教派的な組織で、後に事実上会衆派の団体になります。1620年、英国での国教会の迫害から逃れ、北アメリカのプリマスに入植したピューリタン(清教徒)が源流です。彼らは、インディアンと平和交渉を結び平和に共存しようとして、インディアンへの伝道を試みたとされますが、裏で先住民のインディアンの松取りを行っていたと感じます。1869年に DC・グリーン宣教師が神戸に派遣されます。

 

1871年にディヴィス宣教師が派遣されます。1874年に新島襄が帰国して、グリーンやディヴィスらと共に1875年に同志社英学校を開校することになります。DC・グリーン(1843-1913)、ディヴィス(1838-1910)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと、いずれも「フリーメイソン」と伝えられました。キリスト教プロテスタントのアメリカン・ボードは、米国の先住民のインディアンと日本の先住民のアイヌ民族の命を金に換える闇の役割だったのです。(つづく)