Atakanoseki


日本の松システムの中心は鎌倉(神奈川県)から加賀(石川県)に移行したことが、過去のヒプノセラピーで伝えられています。ピラミッドの上層部である天皇、皇室や首相など政治家の支配層の人間が摂取していたのが生の松(生血)です。科学技術の進歩と共に、運搬できる錠剤の松製品が作られて、加賀が今の松システムの中心になったのです。加賀が有していた富山の薬売りの製薬と売薬によって松のネットワークが形成されたと見ています。

 

松システムの中心地の加賀が江戸時代に加賀百万石の経済力を有したのは、そのためです。こうした意味で、旧加賀藩である石川県の小松空港は、松の運搬にとって重要なのです。空路の運搬の役割を担うのが航空自衛隊とJALANAの民間航空会社だと見ています。今では若返りの高級麻薬とされる高価なアドレノクロムも存在しています。表の経済活動を隠れ蓑にして、裏の経済である地下経済が拡大して日本の支配層が潤いようになったのです。

 

それは、また、松システムの中心である石川県に、大きな松利権が存在して来たことを意味します。松利権を支配するのが地元出身の国会議員や首長などの政治家です。小松飛行場、航空自衛隊小松基地のある石川県小松市は重要な場所になります。wikiには『小松市は、石川県の南部に位置する日本海に面した市。小松市は、建設機械メーカーのコマツの企業城下町であり、関連企業や工場も多い。そのため重工業が発達しており、北陸工業地域の一翼を担っている。

 

製造品出荷額は6,798億円、県内では第1位である。また、歌舞伎の勧進帳の舞台となった安宅の関や、那谷寺、粟津温泉など、自然や文化の面にも恵まれている。小松市には市の中心部から程近いところに小松空港がある。北陸の拠点空港で、北陸地方と日本各地を結んでいる。最近では韓国や中国との定期便も開設され、国際空港としての機能も整ってきた。そのため小松市は北陸地域の重要な物流拠点でもある。

 

また、小松空港は自衛隊との共用飛行場であり、航空自衛隊が小松基地を配置している。自衛隊の小松市への経済波及効果も大きい』と記載されています。小松市の市長は、宮橋勝栄(みやはししょうえい)です。wikiには『宮橋勝栄(1979-)は、日本の政治家。石川県小松市長(1)。元小松市議会議員(2)。石川県小松市松岡町に生まれる。石川県立小松高等学校卒業。2002(平成14)3月、立教大学観光学部卒業。

 

同年4月、物語コーポレーションに就職。直営する丸源ラーメン今伊勢店、岩槻店で店長を務めた後、愛知県豊橋市の本社総務部に勤務。2008(平成20)、クスリのアオキに転職。2011(平成23)424日に行われた小松市議会議員選挙に無所属で立候補し初当選した。2015(平成27)の市議選は自民党公認で立候補し再選。2017(平成29)326日に行われた小松市長選挙に立候補するも、現職の和田愼司に敗れ落選。

 

2021(令和3)321日に行われた市長選挙に藤井義弘県議と市議会第2会派「自民党こまつ」の支援を受けて立候補。自民党・公明党・立憲民主党の推薦と福村章県議と市議会第1会派「会派自民」の支援を受けた現職の和田との一騎打ちを制し、初当選を果たした。413日、市長就任』と記されています。宮橋勝栄に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「安倍の子分」と伴侶が伝えて来ました。

 

小松市長・宮橋勝栄が安倍晋三元首相の子分だと言うのです。ピンと来なかったので、最初に宮橋勝栄と安倍晋三の2人の名前でネット検索してみましたが、直接的な情報は出て来ませんでした。しかし、宮橋勝栄で検索していくとヒントがありました。石川県知事候補者の山田修路(やまだしゅうじ)と並んで宮橋勝栄が映っている画像がツイートに掲載されていました。山田修路(1954-)は、石川県加賀市出身で、自由民主党・安倍派の元参議院議員です。

 

宮橋勝栄が自民党安倍派の元参議院議員の候補を支援しているので、安倍晋三の子分の可能性が高いです。今回の石川県知事選挙(224日告示、31日投開票)は自民党の保守系候補者の潰し合いの構図になっています。 《AERA dot.》の記事「保守分裂の石川県知事選で安倍元首相に「森喜朗、馳浩両氏に引導を渡してほしい」と地元から声」によると、『知事選は自民党の馳浩元文部科学相、自民党の山田修路前参院議員、山野之義前金沢市長、共産党が支持する飯森博子氏を軸に争われる』といいます。

 

元プロレスラーの馳浩は、森喜朗元首相がスカウトして参議院議員になった人物であり、森喜朗の子分です。山田修路は、安倍派の元参議院議員で、安倍晋三の子分と見られます。山野之義は、自民党に所属していた経緯がある前金沢市長です。自民党や自民党系候補者3人の潰し合いになっているのです。《PRESIDENT Online》の記事「「森喜朗元首相の側近が、想定外の大苦戦」石川県知事選で"保守王国の仲間割れ"が起きたワケ」も興味深い内容です。

 

毎日新聞》の記事「石川県知事選 保守系3分裂の深層 異例の構図に関係者も困惑」には『石川県は選挙で選ばれた知事が戦後、4人しか出ておらず、特に全国の現職知事で最多となる7期目の谷本正憲氏(76)と、8期目途中に76歳で死去した前任の中西陽一氏の2人で長く県政を担ってきた』と記されています。調べてみると2人の知事で約60年であり、石川県知事の多選ぶりには驚きます。石川県の前知事・中西陽一は、19632月~19942(死去)の約31年間知事の座に就いていました。

 

現石川県知事・谷本正憲は、19943月~20223(任期満了)の約28年知事の座に就いていることになります。2人の知事の共通点は、京都大学卒の総務(内務)官僚です。中西陽一は、京都市出身で京都帝国大学法学部卒業の内務省官僚、谷本正憲は、兵庫県西脇市出身で京都大学法学部卒業の総務官僚です。過去のワークから京都大学は裏の支配の八咫烏と深く関係していると分かっています。知事にとって旨味のある巨大利権が石川県にあり、牙城の王国が出来ていたことが暗示されます。

 

石川県根上町の首長に60年以上就いていた森喜朗元首相の祖父と父》にありますが、森喜朗元首相の祖父・森喜平が根上村村長、根上町町長(現・能美市)1917年から約28年間務め、父・森茂喜も1953年から9期連続無投票で当選し、根上町町長を約36年間務めました。普通に考えると、1つの家の親子が約64年間も地元の首長の座に就くことはありえないです。森家は、それだけ大きな利権を牛耳っていたのです。今回の石川県知事選挙で松利権王国が終焉に向かう気がします。(つづく)