1163px-Banquet_BREM


ニューズウィーク日本版》の記事「NATOが慌てて削除、ウクライナ女性民兵の紀章「黒い太陽」はなぜ問題か」は、ウクライナとナチスの関係についても言及しています。『ウクライナとナチスとの関係は、国内外で大きな議論のテーマになっている。ウクライナは1941年から1944年にかけてナチス・ドイツに占領された。この時、一部のウクライナ人は侵略者に抵抗したが、ソ連からの独立を模索していたステパン・バンデラのようなナショナリストたちもいた。

 

彼らはナチス・ドイツと協力してソ連と戦うことを選んだ。現在のウクライナでは、ナチス・ドイツによるホロコーストも、その約10年前にソ連の統治下にあったウクライナで起きた人為的な飢饉「ホロドモール」も、ウクライナ人に対するジェノサイド(大量虐殺)だったと見なされている』と記されています。ウクライナはナチス・ドイツに占領された時期があり、ナチス・ドイツと手を組んでいたナショナリストのステパン・バンデラがいたのです。

 

wikiには、『ステパン・バンデラ(1909-1959)は、ウクライナの政治家、ウクライナ民族解放運動の指導者です』とあり、明らかに工作員だと感じます。戦時中の日本軍が「大東亜共栄圏構想」の下で行った独立解放運動や民族解放運動は、勢力を2つに分離して戦わせて松取りを行う金儲けの手法です。1941年~1944年にかけてナチス・ドイツに占領されたウクライナは、ドンバス戦争と同様に人命を犠牲にした金儲けが行われて来たと感じます。

 

ナチス・ドイツによる「ホロコースト」やソ連の統治下にあったウクライナで起きた人為的な飢饉「ホロドモール」も松利権のための工作だと見ています。ウクライナ民族主義者組織-Wikipediaには、『ウクライナ民族主義者組織はかつてウクライナに存在した反ポーランド、反ソ連を掲げる反政府勢力。1929128日にオーストリアのウィーンで結成』と記されています。wikiの表にある関連勢力には「日本軍」と書かれています。

 

また、『日本とは1930年代に満州の亡命ウクライナ人を通じて接触があったが軍部が白系ロシア人のロシアファシスト党を支援するようになると打ち切られた』とあります。日本軍がウクライナ民族主義者組織を支援していたことが分かります。ロシアファシスト党のwikiには、『ロシアファシスト党は、1931年から1945年の間に存在した、白系ロシア人によるファシズムの政党。元々、満州はロシア帝国の勢力圏であり拠点としてハルビンは開発され、ユダヤ人が多く集まり一部は成功した。

 

しかしロシア革命後逃れてきた白軍関係者などが大量に流入してきた。白系ロシア人の青年層は失業率が高くユダヤ人コミュニティを目の敵にし複数のファシスト集団を結成した。1931年にはコンスタンチン・ロジャエフスキーがこれらを統合したロシアファシスト党をハルビンで結成する。満州国建国後、当局に協力しソ連打倒を目指した。関東軍の庇護の下で極東各地で党活動をしていた・・19343月時点で、既に東京に支部があり、メンバーは200人ほどであったとされる』と記されています。

 

満州国を拠点とするロシアファシスト党も関東軍がバックアップしていたのです。wikiには関係者の集合写真が掲載されており、『満州国のロシア移民局のメンバー 前列左から二人目がロジャエフスキー。ハルピン特務機関で活動していた秋草俊も出席している』と添え書きがあります。《真実を隠すことで構築された日本の暗闇》には、北朝鮮と陸軍中野学校について書いていますが、秋草俊は、陸軍中野学校校長を務めた対ソ諜報員(工作員)の第一人者なのです。

 

日本軍がウクライナの工作活動に深く関わっていると感じます。ウクライナ民族主義者組織のwikiには、『組織は地下に潜り1942年に組織されたウクライナ蜂起軍(UPA)のもとに再び集結し、ドイツ軍とソ連軍双方に対する激しいパルチザン活動を行った』とあります。また、ウクライナのwikiのウクライナ独立戦争の項目を見ると、赤軍・白軍・白軍支援の勢力・黒軍・緑軍が入り乱れた戦いが展開されており、ウクライナの地が凄まじい松取り場にされてきたことが推察されます。

 

1919年から1920年にかけて、ウクライナの支配をめぐりウクライナ人民共和国軍、ソビエトの赤軍、ロシア帝政派の白軍、白軍を支援するフランス軍・イギリス軍・ポーランド軍、ネストル・マフノ率いる無政府主義者の黒軍、ウクライナのゲリラを中心とする緑軍などが争った。1920年冬に戦争がソビエトの赤軍の勝利で終結し、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国は西ウクライナを除きウクライナ全域を確保した』とあります。

 

松取り・食人の金儲けの犠牲になるのは、純粋に戦っている兵士や一般市民です。各軍の上層部は手を結んで、汚い八百長をしているのです。赤軍・白軍・白軍支援の勢力・黒軍・緑軍のwikiを見ていくと「黒軍」が今のウクライナ軍のアゾフ連隊と同じ魔物の殺戮部隊と感じます。wikiには『軍旗(ウクライナ語:労働者の自由の獲得を邪魔するものは皆死ね!)』の説明書きと共に、頭骸骨と骨(スカル・アンド・ボーンズ)の軍旗を掲げる2人の兵士の写真があります。

 

黒軍の正式名は、「ウクライナ革命反乱軍」です。wikiには『ウクライナ革命反乱軍は、ウクライナに存在したマフノ運動の軍事組織。黒軍、アナキスト軍とも。 ロシア革命中、アナキストのネストル・マフノに指導された農民たちで構成され、1918年から1921年にかけて南部の農村を中心に活動した。彼らは自由地区と呼ばれる解放区を打ち立て、ウクライナ人民共和国、ウクライナ国、オーストリア=ハンガリー帝国、白軍と敵対し赤軍と協力した。

 

しかし、用済みとなったために1921年に赤軍によって殲滅された』と記されています。ウクライナの歴史を紐解いていくと、ソビエトからのウクライナの独立戦争が意図的に起こされて、戦争という名の松取り工作が行われて来たことが分かります。ウクライナの松取り工作には、日本軍が深く関与しているのです。1941年~1944年にかけてウクライナを占領していたナチス・ドイツに対して、日本が、どのように関わっていたのか、さらに追究する必要があります。(つづく)