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日刊ゲンダイが伝えた「自民党の京都府連“マネロン選挙買収”疑惑」の当事者が「自民党京都府支部連合会(自民党京都府連)」です。自由民主党公式サイトには、『自民党京都府連 会長:西田昌司 幹事長:田中英夫 事務局長:松本明弘』と記載されています。自由民主党京都府支部連合会の公式サイトによると、所属の国会議員は、衆議院議員が勝目康(京都府第1区・1期・無派閥・伊吹文明の後継)、田中英之(京都府第4区・4期・菅G・京都市議会議員)、本田太郎(京都府第5区・2期・谷垣G・弁護士)です。

 

所属の参議院議員は、二之湯智(京都府選挙区・3期・茂木谷垣G・野中広務後援会事務局長)、西田昌司(京都府選挙区・3期・安倍派・安倍の子分税理士)、佐藤正久(比例・3期・茂木派・陸上自衛官)、阿達雅志(比例・2期・菅G・住友商事)、足立敏之(比例・1期・岸田派・京大国交省官僚)であり、衆議院議員3名、参議院議員5名の構成です。今回のマネロン選挙買収疑惑の中心人物が、会長の西田昌司と前会長の二之湯智です。脱法スキーム発案者と指摘されるのが会長の西田昌司です。

 

wikiには、『西田昌司(1958-)は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(3)、参議院自民党国会対策委員長代行、自民党税制調査会幹事、与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム北陸新幹線検討委員会委員長、自民党京都府連会長。自民党副幹事長、きょうと青年政治大学校事務総長などを歴任。西田吉宏の長男として京都府京都市に生まれる。京都市立塔南高等学校を経て、1981(昭和56)に滋賀大学経済学部を卒業。

 

森金次郎の税理士事務所に勤務し、1987(昭和62)に税理士事務所を開設して独立。1990(平成2)、京都府議会議員補欠選挙に出馬し初当選。以後、5期にわたってトップ当選を続ける。2006(平成18)秋、参議院議員を務めていた父・吉宏が末期癌の宣告を受ける。安倍晋三首相(当時)の政治信条と自身の信条が合致していたため、自民党の予備選考を通り候補者となる。2007(平成19)7月の第21回参議院議員通常選挙に京都府選挙区から自民党公認で出馬し初当選した。

 

2008(平成20)の自民党総裁選で麻生太郎を支持し、決算委員会では、小沢一郎や鳩山由紀夫の「政治とカネ」問題を追及し、その国会質疑や党執行部に対する発言がメディアに取り上げられる機会も多くなる』と記されています。また、『「国会の大砲」や「国会の爆弾男」と呼ばれることがある。文藝春秋社発行の週刊文春Webは、西田が若手ヤジ将軍四人組の一人で安倍晋三の一派とする自民党関係者の発言を紹介した。

 

安倍チルドレンのヤジについて自民党内でも眉をひそめるベテラン議員が少なくないと報じた。自民党所属の二階俊博や鳩山邦夫の「政治とカネ」問題を取り上げ、党に対して両者の処分を要求した』とあります。中国・ロスチャイルド派に対して、真っ向から攻撃を仕掛ける安倍・米国派の特攻隊長の役目を担っていると感じます。西田昌司に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「細川の生まれ変わりの可能性がある」と伝えられました。

 

「細川」とは、裏の支配の闇・八咫烏を構築してきた細川幽斎、細川忠興の父子のいずれかだといいます。西田昌司は、元首相・安倍晋三の子分であることから八咫烏の系統であると感じます。《日本DSに直結する安倍一族と三菱財閥の流れを汲む三菱グループ》から安倍晋三の安倍一族は、岩崎弥太郎の創業の三菱財閥を源流とする三菱グループをバックとした日本DSの中核と見ています。これまでのワークから、日本DSと八咫烏は、ほぼ重なった暗黒集団と捉えています。

 

210日のJIJI.COMの記事「自民京都府連の現金配布は事実 国家公安委員長、選挙買収は否定」によると、『自民党の二之湯智国家公安委員長は同日の衆院予算委員会で、「府連が寄付を受け、政治活動資金として配布している事実はその通りだ」と述べた』とあります。自民党京都府連の前会長・二之湯智は、当初、自民京都府連の現金配布の事実を認めていたのです。wikiには、『二之湯智(1944-)は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(3)、国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣(防災、海洋政策)

 

長男の二之湯武史は元参議院議員。次男の二之湯真士は京都府議会議員。「二之湯」は全国に77世帯ほどの珍しい苗字で、三重県いなべ市員弁町宇野がルーツである。京都府京都市左京区出身。三重県の小学校を経て、京都市立四条中学校、京都市立西京高等学校卒業。19683月、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1969年から国立京都国際会館に勤務。1972年にアメリカ合衆国に留学。1983年、衆議院議員・野中広務後援会連合会事務局長に就任。

 

1987年、京都市会議員に初当選。以来連続5期当選。1999年には京都市会議長、第53代全国市議会議長会会長に就任。20167月、第24回参議院議員通常選挙において3選。20216月、翌年7月の第26回参議院議員通常選挙に立候補せず引退する意向を示した。第1次岸田内閣で国家公安委員長として初入閣』と記載されています。二之湯智の経歴で注目したのが「野中広務後援会連合会事務局長」です。故・野中広務は、同和の叩上げで、鈴木宗男の親分でもありました。

 

二之湯智は、野中広務、鈴木宗男と同系列の松取りの現場仕事を成すサンカの過去世を持つと感じます。二之湯智に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「鈴木宗男、野中と同系。汚れ仕事人。西田と全く異なる系列」と伝えられました。やはり、自民党京都府連の前会長・二之湯智は、現会長・西田昌司とは異なる立ち位置の存在でした。例え、同じ八咫烏の暗黒集団であっても、安倍晋三・西田昌司の指揮監督職系と野中広務・二之湯智の現場職人系では、全く異なります。

 

裏で松取りを指示した側と指示に従って働いた側に分かれます。こうした過去世からの支配側と従属側の立場の違いが存在することで、自民党京都府連が一枚岩になれない根本原因があると見ています。自民党京都府連の幹事長・田中英夫(京都府議会議員)と事務局長・松本明弘(職員)に、闇の解除・統合を意図して、各々に光を降ろすと「京都の不浄仏霊がいっぱい憑いている。過去世で京都の坊さんなのか。因縁がある」「安倍晋三系列」と伝えられました。

 

幕末維新の時代、権力の中心である京都は、禁門の変など数々の動乱が起こされ松取り工作が成されてきました。松平容保が率いる京都守護職の会津藩や新選組が、密かに松取りの現場仕事をしてきたのです。幕府側と倒幕側の2つの勢力を戦わせて利益を得て来た暗黒集団が八咫烏です。対立・戦いの構図は、国民の目を逸らして真実を隠蔽するための工作です。八百長の戦いは、武士から政治家に引継がれています。八咫烏の中核である京都の嘘の闇が終わることを願っています。(おわり)