Hieizan_biwakogawa


比叡山の千日回峰行は天台宗の回峰行の一つです。天台宗-Wikipediaによると、『天台宗は、中国を発祥とする大乗仏教の宗派のひとつである。諸経の王とされる妙法蓮華経(法華経)を根本仏典とするため、天台法華宗とも呼ばれる。名称は、実質的開祖の智顗が天台山に住んでいたということに由来する。天台教学は入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられ、多くの日本仏教の宗旨がここから展開した。今日では中国、日本、朝鮮、ベトナムに信徒を持つ』とあります。

 

天台宗のトップは、大樹孝啓(おおきこうけい・第258世天台座主)です。《ラジトピ》によると大樹孝啓の経歴は、『1924(大正13)623日、兵庫県飾磨郡曽左村書写(現在の兵庫県姫路市)に生まれる。1943(昭和18)出家得度。海軍少尉任官、終戦を迎える。1948(昭和23)1965(昭和40)姫路市小学校教諭。1984(昭和59)円教寺住職・第百四十世長吏に就任。1996(平成8)大僧正補任。2010(平成22)天台座主の次位に当たる次席探題に。

 

20221122日、森川宏映・前天台座主の死去に伴い、同日第258世天台座主に就任した』と記されています。大樹孝啓と比叡山に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「松喰い。日本」「いいです。地下あり」と伝えられました。比叡山の光の地底は、松取り施設で闇にされていると感じます。ネットで調べると《日々物語》の記事「【比叡山】にもレプリアン【人食い】の地下巨大要塞があった」があり、既にQの米軍によって比叡山の地下要塞の掃討作戦が実行されているようでした。

 

山頂に宗教施設が置かれた山の地下には、松取り施設があると見ていいです。山の光を封印する闇の仕組として働いてきました。ネット検索の過程で、天台宗のマークについて記述している《天台宗のマーク(三諦章)》を見つけました。『天台宗の宗章、三諦章(さんたいしょう)と言います。天台宗の名の由来は中国の天台山から来ています。天台山は天帝のいる場所(北極星を中心とした星座)、紫微星(しびせい)を支える三つの星、その真下にある場所という事で名づけられ、日本の天台宗の宗章には、この三つの星が十六菊の上に配置されています。

 

十六菊は日本の国を表しています。 天皇家でこの菊の紋が使用されているのは、最澄が桓武天皇に比叡山で採取した16弁の菊の花を献上した事が始まりと言われ、その為、天台宗では菊の紋の使用を許されていると言われています』と記されています。天皇家の十六菊(菊花紋章)は最澄が桓武天皇に比叡山で採取した16弁の菊の花を献上した事が始まりといいます。三諦章は、16紋菊の中央に九望星が正三角形に配置されています。「三」「三角形」から「八咫烏」に繋がります。

 

また、「比叡山」×「八咫烏」でネット検索すると《御生山(みあれやま)》に行き着きました。そこには、『司馬遼太郎の「八咫烏」「いまの比叡山麓に、御生山という小さな岡がある。八咫烏は、この岡のうえに住んだ。八咫烏を祭神とする御蔭(みかげ)神社という名の古社が、その岡に残っている。京福電鉄三宅八幡駅の東北にある」 「八咫烏は、建津身命(たけつみのみこと)という、もっともらしい名前までつけてもらっていた」との記載がある』とあります。

 

グーグルマップで御生山を調べると上賀茂神社の北側約1kmに位置していました。天皇の松利権を守る役割の八咫烏は術師の集団であり、京都の上賀茂神社に深く関係していることを示唆しています。御生山に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「古墳」と伝えられました。古墳は権力者の墓とされますが、その多くが松取り(松果体収穫)の場所になっています。「延暦寺代表が日本会議の役員になっているみたい」と伴侶が伝えてきました。公式サイトを見ると、日本会議の代表委員になっていました。

 

日本会議というと深い関係の安倍晋三元首相が浮かびます。wikiによると、『日本会議は、1997年に設立された日本の政治団体。日本で最大の保守主義・ナショナリスト団体。2016年現在、会員は約38,000名、47全都道府県に本部が、また241の市町村支部がある。日本会議国会議員懇談会、日本会議地方議員連盟および日本女性の会は、日本会議の関連団体』とあります。《佐賀青年会館から繋がる日本会議、全国防衛協会という松利権の暗黒網》などで、過去に日本会議のワークを行っていました。

 

日本会議の代表委員・水尾寂芳(比叡山延暦寺代表役員)と名誉会長・三好達(元最高裁判所長官)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「トカゲ」「日本DS」と伝えられました。伊勢神宮のような日向(ひむかい)大神宮も気になっていると伴侶が話してきました。グーグルマップで日向大神宮を調べると京都東山の麓にありました。京都東山は湧水の場所です。wikiには、『日向大神宮は京都市山科区の三条通沿いの神明山にある神社。「京の伊勢」とも称される。

 

内宮(上ノ本宮)・外宮(下ノ本宮)2つの本殿があり、内宮に天照大神・多紀理毘賣命・市寸島比賣命・多岐都比賣命、外宮に天津彦火瓊々杵尊・天之御中主神を祀る』と記されています。日向大神宮の宮司(権宮司)・津田香澄、所在地と東山に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「教祖。トカゲ」「いいです」と伝えられました。京都東山は湧水の地で大事な光の場所である故に、裏で松取りが行われる社寺が置かれています。比叡山と八咫烏関連のワークが修了した後、両足が冷たくなりました。

 

私の場合、足が冷たくなるのは、亡くなった人の魂が来ていることを意味しています。比叡山で松取りという生贄の犠牲にされた人たちの魂だと直感しました。伴侶にみてもらいながら自分の両足に光を降ろすと「亡くなった人たち」と伝えてきました。やはり比叡山に留まっている御魂のようでした。比叡山に留まっている御魂が光に還るよう意図して光を降ろすと、両足は温かさを取り戻しました。八咫烏の闇の仕組が終わり、比叡山が本来の輝く姿になることを願っています。(おわり)