
8/6(土)の夜のNHKの番組「ライブ・エール」でVTRがストップした放送事故は、反戦歌を歌っていた加藤登紀子に焦点を当てた意味もあると感じます。Wikipediaには、『加藤登紀子(本名:藤本登紀子・1943年-)は、満州国ハルピン出身のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、女優。城西国際大学観光学部客員教授を経て、星槎大学共生科学科客員教授(2021年1月現在)。日本訳詩家協会会長に就任(2021年5月〜)。実父は南満州鉄道勤務で、敗戦後に母の実家がある京都に引き揚げ、小中に進学。
中1の夏に父がNHKに務めていた関係で東京都世田谷区へ転居。父は人気番組「夢で逢いましょう」の制作を手掛けていたため、高校時代に永六輔の知己を得る。世田谷区立桜木中学校、東京都立駒場高等学校、東京大学文学部西洋史学科卒。1966年 「誰も誰も知らない」でレコード・デビュー。2枚目のシングル「赤い風船」で、「第8回日本レコード大賞」新人賞受賞。1969年 「ひとり寝の子守唄」で第11回日本レコード大賞歌唱賞受賞。 1971年 「知床旅情」で、2度目の第13回日本レコード大賞歌唱賞受賞。同年末の「第22回NHK紅白歌合戦」へ初出場を果たす。
1972年 藤本敏夫と獄中結婚。出産のため、一時音楽を離れる。長女を出産。1973年 産休後、音楽界に復帰。1975年 所有する伊東市の別荘にて革マル派と革労協が内ゲバ。1人死亡、9人重軽傷。1981年、千葉県に農業体験などを提供する鴨川自然王国を夫の藤本と共に設立。1997年 世界自然保護基金日本委員会評議員に就任。2000年 国連環境計画親善大使に任命される。2022年5月22日 ウクライナ支援チャリティーアルバム「果なき大地の上に」をリリース。売上の全額を日本チェルノブイリ連帯基金を通じて寄付する』と記載されています。
加藤登紀子は、満州国ハルビンの生まれでした。父親が満鉄(南満州鉄道)の社員であり、NHKに勤務していました。これはNHKの闇を探る上で重要なヒントになります。満鉄は、満州や中国北部、朝鮮の地域の鉄道会社が主ですが、裏では松利権、薬利権のための実質的な諜報機関でした。《植民地・朝鮮半島を闇の仕事に利用した南満州鉄道》にありますが、満鉄は植民地・朝鮮半島を阿片政策に利用した工作機関で、朝鮮半島と満州国の鉄道ルートを活用して、朝鮮の人たちをアヘンの売人として使っていました。
現在の大手広告会社の「電通」は満鉄を源流としています。それ故、満鉄社員は、闇の仕事を担う工作員なのです。工作員は家系で引継がれるので、加藤登紀子も父親からの工作員の役割を引継いでいることになります。満鉄のwikiに掲載されていますが、桑田佳祐、タモリ、菅義偉前首相、水野晴郎、山田洋次、文仁親王妃紀子、高橋克典、渡部健など満鉄社員の先祖を持つ有名人は多いです。加藤登紀子に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「日本のヒラリークリントンのよう」と伝えられました。ヒラリークリントンは、闇の役割のトカゲのDSと分かっています。
加藤登紀子が客員教授を務めていた「城西国際大学」と現在も客員教授を務めている「星槎大学」に着目しました。wikiによると、『城西国際大学は、1992年に設置された千葉県東金市求名1番地に本部を置く日本の私立大学である。千葉県安房郡曽呂村(現・鴨川市)出身の水田三喜男が創立した学校法人城西大学により管理運営されており、城西大学とは姉妹校とされる。キャンパスは千葉東金キャンパスと東京紀尾井町キャンパスの2ヶ所に設置されており、学部や研究科によりそれぞれのキャンパスで講義が行われている。
城西国際大学は、学校法人城西大学により1992年(平成4年)に設立された。開学当初は、経営情報学部経営情報学科と人文学部国際文化学科の2学部2学科で開設された。その後は学部や学科の拡充が相次ぎ、1996年(平成8年)には大学院が設置された。千葉県内私立大学最大の学部数を擁する総合大学である』とあります。国会議事堂の近くの東京紀尾井町にキャンパスを持っている学校法人城西大学は裏の力があると感じます。学校法人城西大学の創立者は、元自民党衆議院議員の水田三喜男(みずたみきお)です。
wikiには、『水田三喜男(1905-1976)は、千葉県鴨川市出身の政治家。城西大学創立者。自由民主党政務調査会長(初代)。大蔵大臣を数度にわたり務めたほか、経済審議庁長官や通商産業大臣など経済閣僚を歴任した。戦後日本の代表的な財政家でもある』と記されています。水田三喜男の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「中国ヤクザ」と伝えられました。wikiによると、水田三喜男の娘・宗子が学校法人城西大学の理事長の時に4億円の不正経理問題で辞任し、学校側と係争問題となり、最終的に敗訴しています。
学校法人城西大学の現理事長は、上原明です。wikiによると、『上原明(1941年-)は、東京都港区麻布出身の実業家。大正製薬ホールディングス代表取締役兼社長、大正製薬取締役会長、および城西大学理事長。住友銀行元頭取・堀田庄三の二男。兄は、モルガン・スタンレー証券元会長の堀田健介』とあります。城西国際大学の学長は、杉林堅次です。《大学ジャーナルオンライン》によると杉林堅次の経歴は、『1951年滋賀県生まれ。1974年富山大学 卒。1976年同大学院薬学研究科 修了。
同年、城西大学薬学部
助手。1998年同学部の教授。2013年4月城西国際大学 副学長。2017年4月城西国際大学
学長』と記されています。学校法人城西大学の理事長・上原明と本部所在地(東京都千代田区紀尾井町)、城西国際大学の学長・杉林堅次に闇の解除・統合を意図して各々に光を降ろすと「中国」「中国。ドブさらい」「いいです」と伝えられました。水田三喜男は当選13回の自民党衆議院議員であり、裏の松利権を有しており、表の経営者として学校法人城西大学を設立したと見ています。(つづく)