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学校給食の業務を停止し破産した、広島県の給食調理会社「ホーユー」について、調査の中で1つ疑問が浮かんでいました。ホーユーの公式サイトに掲載されていた本社所在地の住所「広島市中区舟入本町171号」をグーグルマップで調べると「広島県信用組合入船支店」が表示されるのです。ホーユーの公式サイトは、倒産したので消されていますが、倒産前にコピペした会社概要には、『社名 株式会社ホーユー 所在地 本社 〒730-0843 広島市中区舟入本町171号 設立年月 平成6(1994)7

 

代表者 代表取締役 山浦芳樹』と記載されていました。「広島県信用組合入船支店」をネット検索すると広島県信用組合の公式サイトに「2017(平成29)12月 舟入支店新築移転」と記載されていました。現在の広島県信用組合入船支店の所在地住所は「広島市中区舟入川口町520号」です。「広島市中区舟入本町171号」は、「広島県信用組合入船支店」の移転前の旧住所と分かりました。また、「広島市中区舟入本町171号」の検索でグーグルマップに表示される建物を見ると4階または5階建です。

 

移転前の「広島県信用組合入船支店」と「ホーユー」が同じビルに同居したいた可能性もあります。しかし、倒産する前にグーグルマップで「株式会社ホーユー」を調べても名称そのものが出て来ませんでした。感覚的に「株式会社ホーユー」と「広島県信用組合」が裏で何か関係していると思い、「広島県信用組合」を探っていくことにしました。広島県信用組合の情報はwikiに記載されています。『広島県信用組合は、広島市を中心とした信用組合であり、「ケンシン」の愛称で親しまれる。

 

金融機関コードは2681。広島市中区に本店を置く。[沿革]1953年 広島県厚生信用組合を設立。1972年 五日市信用組合、安芸信用組合と合併。広島県中央信用組合に改称。1973年 松永信用組合と合併。1984年 広島県信用組合に改称。1992年 因島信用組合と合併。[ATMについて]広島県信用組合のATMCDでは、当組合、信用組合広島商銀、備後信用組合、両備信用組合(以上「メイプルひろしまネットサービス」によるATMCD相互無料提携金融機関)のキャッシュカードは、平日8:45-18:00の出金は手数料が無料となる。(左記以外の時間帯は手数料要)

 

また、セブン銀行のATMでは平日8:45-18:00・土曜日9:00-14:00の入出金は手数料が無料となる』。wikiには、初代組合長などの情報がありませんでした。公式サイトの「沿革」によると『昭和284月広島県厚生信用組合を創立 初代組合長 岡野龍一 就任 昭和385月理事長 田中章一 就任 昭和471月株式会社信栄を設立 昭和474月五日市信用組合・安芸信用組合と合併し、広島県中央信用組合に名称変更・・』と記載されていました。広島県信用組合の初代組合長は、岡野龍一です。

 

岡野龍一についてはwikiが存在しており、経歴が記載されています。『岡野龍一(1893–1965)は、日本の出版事業者、著作家、政治家。衆議院議員。「大正の高山彦九郎」と呼ばれた。[経歴]広島県広島市で岡野音吉の二男として生まれる。1923(大正12)に分家した。大正末期に九州で普選運動に尽力して「大正の高山彦九郎」と呼ばれ、福岡県で遊説中の中野正剛と出会って意気投合し、中野の協力者となった。雑誌「日本及日本人」の記者となる。我観社の理事となり経営に参画し、また、日本講演通信社社長を務め、図書出版社・良山閣を設立して経営を行った。

 

その他、全国教育図書協会顧問、石門心学会評議員などを務めた。1926(大正15)10月の補欠選挙(15回総選挙福岡県第10)に吉田磯吉、中野正剛の推薦を受けて出馬したが、山内確三郎に敗れた。1930(昭和5)2月の第17回衆議院議員総選挙に立憲民政党公認で福岡県第3区から出馬して当選。1931(昭和6)には安達謙蔵らとともに民政党を離党して国民同盟結成に参画。1937(昭和12)4月の第20回総選挙で再選され、衆議院議員を通算2期務めた。この間、国民同盟の勢力拡張に尽力した。

 

その後、大政翼賛会東亜局庶務部副部長、同部長、組織変更により興亜局庶務部長を歴任した。1942(昭和17)の第21回衆議院議員総選挙では大政翼賛会の推薦を受けたが落選した。戦後、翼賛議員の経歴により公職追放となった』。岡野龍一の経歴で目に留まったのが「中野正剛(なかのせいごう)」と「吉田磯吉(よしだいそきち)」です。wikiによると、『中野正剛(1886-1943)は福岡県福岡市西湊町出身のジャーナリスト、政治家。東方会総裁、衆議院議員』と記されています。

 

過去記事を調べると「中野正剛」の名前が「創価教育支援会」の創設メンバーに記載されていました。「創価教育支援会」は、実質的な創価学会の設立メンバーでもあります。《創価教育学支援会の創設メンバーから垣間見える闇利権を引継ぐ大物政治家》には、『創価教育学支援会の28名のメンバーの肩書・氏名が記されており、書き起こしました。「政友会総裁・犬養毅、関東庁長官・太田政弘、法学博士/農学博士・新渡戸稲造、前逓信事務次官・古島一雄、前内閣書記官長/政友会総務・鳩山一郎、逓信政務次官・中野正剛、前法制局長官/政友会総務・前田米蔵

 

民政党総務・古屋慶隆、前文部参与官・安藤正純、前東京市助役・前田多門、大審院判事・三宅正太郎、前貴族院書記官長・柳田國男、衆議院議員・牧野良三、司法大臣・渡辺千冬、前文部大臣/法学博士・水野錬太郎、政友会総務・松野鶴平、男爵・中川良長、貴族院議員・山内一次、三菱総理事/太平生命取締役・江口定条、前内閣政務次官/政友会総務・秋田清、前文部商工大臣・中橋徳五郎、商工大臣・俵孫一、子爵・八条隆正、帝国大学教授/医学博士・高木逸磨、工学博士・田中龍夫、改造社長・山本実彦、海軍大将・野間口兼雄、東京市会議員・岸辺福雄』。

 

広島県信用組合の初代組合長・岡野龍一が意気投合し協力者になった「中野正剛」は、実質的な創価学会の設立に関係していました。また、「吉田磯吉」も記事で知った記憶がありました。wikiには『吉田磯吉(1867-1936)は、筑前国遠賀郡芦屋村(現・福岡県遠賀郡芦屋町)出身の実業家・政治家である。近代ヤクザの祖ともいわれる』と記されています。《決済代行業者3社からの返金の謎に答えない中山修身弁護士と訴訟により公金が還流される闇の仕組》のワークで吉田磯吉は「イルミナティ。半島」と伝えられました。

 

広島県信用組合の初代組合長・岡野龍一、岡野龍一が協力者になった中野正剛の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「反社」「反社の物書き。工作員」と伝えられました。広島県信用組合の理事長・深山春幸に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「反社の金の管理」と伝えられました。過去のワークから三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行のメガバンクは、松利権絡みの裏の金を扱ってきたことが分かっています。地方の信用組合などの金融機関も同じです。各地域に裏の利権網が構築され表裏の金を扱うのです。金融機関の闇の仕組が終わることを願っています。