
2023年12月20日の朝日新聞デジタルの記事《ダイハツに乗って大丈夫なのか 社長「自分としては安心して乗って」》には、奥平総一郎社長が記者会見で無責任な事をを言い放っています。『現在、ダイハツ製の車に乗っている人は乗り続けても大丈夫なのか。奥平総一郎社長は記者会見で、発覚した174の不正について一つずつ安全性を再確認した結果、「乗り続けて問題がある事象はなかった」と説明した。ただ、不正とは別に、作業の過程でダイハツ「キャスト」、トヨタ「ピクシスジョイ」のエアバッグに問題点が見つかった。
作動後にドアをロックしてしまい、外からの乗員救出に支障がでる恐れがあるという。法規制に適合しない可能性もあるとして技術的な検証を進めているが、奥平社長は「現時点で事故や問題が発生したという情報はない。自分としては、今まで通り安心して乗っていただければ」と答えた』。いかさま八百長の不正をして性能試験に合格した車に対して「今まで通り安心して乗っていただければ」という言い草はないと思います。自動車メーカーのトップが顧客に対して言うべき言葉ではないです。ダイハツ工業の代表取締役会長は松林淳、代表取締役社長はトヨタ出身の奥平総一郎です。
松林淳の経歴はサイト情報によると、『年齢: 62歳 (2016年3月31日現在) 山口大学工学部卒。1954年誕生。1977年4月当社入社。2003年3月当社製品企画部チーフ・エンジニア(部長待遇)。2006年6月当社執行役員。2011年6月ボルツ㈱取締役社長。2016年4月当社専務執行役員。2016年6月当社取締役』と記されています。奥平総一郎の経歴はwikiに記載されています。『奥平
総一郎(1956年-)は、愛媛県松山市出身の実業家、ダイハツ工業の社長である。[経歴・人物]1979年に東京大学工学部船舶工学科卒業。同年、トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車) に入社。
入社後は機能部品の設計、米国駐在、FRプラットフォームの設計を経て、製品企画に移り、プログレ、ブレビス、istの開発責任者を歴任。その後、サイオンブランド「xA」の開発を経て、2003年にエグゼクティブ・チーフ・エンジニアとして10代目カローラの開発責任者を歴任。2008年に同社常務役員就任後、東富士研究所所長、専務役員兼技術開発本部長。トヨタ自動車研究開発センター (中国) 有限会社取締役副会長兼社長。および中国・アジア・オセアニアのチーフテクニカルオフィサーを経て、2017年4月に顧問としてダイハツ工業へ転籍し、同年6月にダイハツ工業社長に就任。
2023年に入ってからは4月28日、同社の海外向けの4車種に関する「衝突試験の不正」が発覚され、12月20日にも新車の安全などを確認する試験で新たに25の試験項目で174件の不正が発覚し、全車種が出荷停止へ至った。4月28日はくるま開発本部の本部長である寺前英樹と共に、 12月20日は副社長の星加宏昌、トヨタ自動車副社長兼CTOの中嶋裕樹と共に記者会見を開き謝罪した』。2023年12月29日の朝日新聞デジタルの記事によると、今回の不正が認定された1989年以降のダイハツの歴代会長・社長には、トヨタ出身者が12人中8人もいます。
「トヨタから来た人が今のダイハツを作った。なぜ、ダイハツだけが不正の主語になるのか」と言う社員もいるといいます。不正問題の前面にダイハツが置かれていますが、本質はトヨタだと感じます。ダイハツ工業の代表取締役会長・松林淳、代表取締役社長・奥平総一郎、本社所在地(大阪府池田市ダイハツ町1-1)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「中国。ヤクザ」「金春アヌンナキ」「いいです」と伝えられました。ダイハツ工業のwikiには『現在量産車を手掛ける日本のメーカーとしては最も古い歴史を持ち、初の国産エンジンを開発する目的があった。
大阪高等工業学校(後の大阪帝国大学工学部、現大阪大学工学部の前身)の研究者を中心に、1907年に「発動機製造株式会社」として創立された』と記されています。ダイハツ工業の源流が現在の大阪大学工学部でした。大阪大学工学部の前身「大阪高等工業学校」関係の歴代校長の中で、大阪工業学校校長(就任1896年6月- 1901年5月)の伊藤新六郎(前・東京工業学校教授)、大阪工業大学学長(就任1924年12月-1929年4月)/大阪帝国大学工学部初代学部長(就任1929年4月-1933年3月)の堤正義をワーク対象に選びました。
伊藤新六郎(1855年-1923年)と堤正義(1874年-1923年)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「八咫烏」「八咫烏」と伝えられました。八咫烏は純粋の闇の役割です。現社長が金春アヌンナキであることからダイハツ工業が重たいエゴの闇に変遷してきたことが分かります。大阪高等工業学校の後身が大阪大学工学部であり、大阪大学を追跡しました。大阪大学の情報はwikiに記載されています。『大阪大学は、日本の大阪府にある国立大学である。略称は阪大。旧帝国大学7校の1つであり、文部科学省が実施しているスーパーグローバル大学事業のトップ型指定校ならびに指定国立大学法人に指定されている。
[概観]大阪大学は、1931年に大阪帝国大学として設立された、国立文理総合大学である。2023年4月現在、11学部・15研究科(うち1研究科は他大学との連合)を擁する。帝国大学としては比較的新しく、開学当初は医学部と理学部のみで創設された。文理5学部(文学部、法経学部、理学部、医学部、工学部)体制となったのは第二次世界大戦後の1949年のことである。設立の際に統合した旧大阪医科大学が、江戸時代後期の1838年に緒方洪庵により設立された適塾の流れを汲むことから、大阪大学は適塾を源流とするとしている』。
大阪大学の源流となる適塾の創始者は緒方洪庵です。天然痘治療に大きく貢献し、日本の近代医学の祖といわれます。緒方洪庵(1810年-1863年)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「アーク」と伝えられました。大阪大学の現(第18代)総長は西尾章治郎です。経歴はwikiによると『西尾章治郎(1951年-)は、岐阜県高山市国府町出身のコンピュータ科学者。主な研究内容は、データベース・マルチメディア工学・分散システム。学位は、工学博士(京都大学・1980年)。大阪大学工学部教授等を経て、第18代大阪大学総長』と記されています。
大阪大学の本部所在地は、大阪府吹田市山田丘にあります。吹田市には、淀川、山田川など幾つも川が流れており、大事な光の地底がある場所です。地底や水の光を封じるために、昔は荘園も置かれて松取り工作が成されてきました。1970年には、大阪万博という支配層の松利権の闇が絡む大規模イベントが開かれています。大阪万博公園は大阪大学本部の南に位置しています。大阪大学の総長・西尾章治郎と本部所在地に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「DS」「いいです」と伝えられました。ダイハツなどの自動車会社の闇に光が入り、支配層の闇の仕組が終焉することを願っています。(おわり)