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輪島市の中学生の避難先の石川県の宿泊体験施設のもう1つが「白山ろく少年自然の家」です。《ほっと石川旅ねっと》には、白山ろく少年自然の家の説明が書かれています。『「五感のアンテナ」を伸ばす自然体験活動ができる青少年教育施設です。白山麓の大自然の中で、登山やイワナつかみ、渓流あそびなど、さまざまな活動にチャレンジしましょう。ほかにも、そば打ちや焼き杉クラフト、ナイトハイク、スキーなど多彩な遊び方ができます』。

 

グーグルマップで調べると、「白山ろく少年自然の家」は、「白山青年の家」よりもより山奥に入った所にあります。富山県富山市から石川県小松市に至る一般国道の国道360号の沿線と手取川の間に位置しています。近くには、道の駅・瀬女(せな)やアサギマダラ 空の駅・白山などの観光施設もあり、観光客などの人々が大勢集まる場所だと感じます。「白山ろく少年自然の家」には公式サイトがあります。トップページには、『令和6年(2024)能登半島地震を受けて』の案内が記されています。

 

『令和6年1月17()より、石川県立白山ろく少年自然の家は、子どもの学ぶ機会の確保のため、被災された輪島市の中学生・教員の皆さんの避難所となります』。公式サイトには、白山ろく少年自然の家の所長名が掲載されていませんでしたので、ネットで調べました。《令和5年 白山魅力向上・発信計画検討会委員》に『教育 県立白山ろく少年自然の家所長 松田真由美』と記載されていました。ネット情報によると、鳥越小学校校長の経歴があります。白山ろく少年自然の家の所長・松田真由美所在地に闇の解除・統合を意図して光を降ろしました。

 

「子供さらい」「いいです」と伝えられました。やはり支配層の松工作拠点のようです。次に、石川県の宿泊体験施設「白山青年の家」と「白山ろく少年自然の家」を管理・運営する業務を担う指定管理者をネットで調べました。公園、ビジターセンター、宿泊施設、道の駅などの県立・市立の施設は、殆どの場合が指定管理者に委託して管理運営が成されています。過去には《松果体収穫の真実を隠蔽する人工物の公園が多数配置されている旭川市》などの記事があります。

 

支配層の松利権工作の代表拠点となる大規模公園が多い北海道旭川市の公園の指定管理者の関連ワークを行っています。指定管理者は、ある意味、支配層の松工作の現場仕事を委託され現場工作員を束ねる役割になります。石川県の宿泊体験施設の指定管理者は石川県公式サイトに掲載されています。《白山青年の家、白山ろく少年自然の家、鹿島少年自然の家、能登少年自然の家 指定管理者の候補者選定結果について》には、石川県立の4施設の指定管理者の選定経過と結果について記されています。

 

内容を見ると、(1) 白山青年の家・白山ろく少年自然の家、(2) 鹿島少年自然の家、(3) 能登少年自然の家の指定管理者の候補者は、選定された団体以外には「その他の応募者 なし」と記されており、応募がなかったことが分かります。これは実質的に競争入札によらない随意契約であり、癒着関係があると推察します。公式サイトにある選定委員会は1名の委員長と5名の委員から構成されていますが、実際にあってないようなものであり、内密に決定する八百長の出来レースで、グルの構図を形成していると感じます。

 

(1) 白山青年の家・白山ろく少年自然の家の指定管理者の候補者は「一般財団法人 白山市地域振興公社(代表者名:理事長・北村潔)」と、(2) 鹿島少年自然の家と(3) 能登少年自然の家の指定管理者の候補者は「一般財団法人 石川県県民ふれあい公社(代表者名:理事長・上出孝之)」に選定されています。いずれの団体の代表も画像を見つけることはできませんでした。白山市地域振興公社理事長・北村潔と石川県県民ふれあい公社理事長・上出孝之に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「半島」「半島」と伝えられました。

 

やはり石川県は、江戸時代からの旧加賀藩を引継ぐ松システムの中心拠点だけあり、支配層全般に渡って統一教会の闇に直結する半島工作員に占められているようです。石川県の支配層による子供を犠牲にした松利権工作の闇の仕組が終焉することを願うばかりです。実は、輪島市の中学生の集団避難と関連して別のサインが来ていました。輪島市の中学生の集団避難に関連した石川県と輪島市・白山市の教育長や石川県の宿泊体験施設「白山青年の家」「白山ろく少年自然の家」のネット情報を収集している時でした。

 

右膝の内側に軽い痛みを覚えました。私にとって右脚は日本列島における鹿児島県の大隅半島にあたります。膝は脚の真中にあるので、大隅半島の中央部の場所であり、「鹿屋市」だと直感しました。鹿屋市は、本来は大事な光の場所です。光の場所である故に、暗闇にするために、古くから荘園があった場所であり、松取り工作の戦乱が起こされてきました。1936年には、大日本帝国海軍航空隊の基地が置かれ、真珠湾攻撃訓練の中核地となり、第二次世界大戦中は神風特別攻撃隊の出撃基地となった場所です。

 

戦争の真実を隠蔽する悲劇の美談の闇に覆われた沖縄特攻作戦と特別攻撃隊》には、戦争や特攻隊が裏の金儲けのための支配層の巧妙なトリックであることを記しています。鹿屋市については、これまでも「特攻基地の歴史のある海上自衛隊鹿屋航空基地 」「稲生岳ビジターセンター」「ハンセン病の国立療養所・星塚敬愛園」「気象庁地磁気観測所」などの調査とワークを行ってきました。今回のサインは、鹿屋市にある宿泊体験施設だと感じて調べると「国立大隅少年自然の家」がありました。(つづく)