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セッションを受講するクライアントの方がワークを行う場所や対象のヒントを教えてくれる場合があります。セッションからワークが必要だと感じ対象が「北海道北見市」「北海道石狩市」「公文教育研究会」です。北海道の北見市と石狩市は、自然豊かな光の地である故に、非常に闇が深い場所に変えられてきたと感じていました。水の場所の大事な光が、明治以降の支配層の松取りによって闇に反転したのです。光のエネルギーである精霊は、松取りによって闇のエネルギーの魔の使いに変わります。

 

大きな光の地が深い闇の地にひっくり返る仕組があります。深い闇に変わった場所には、支配層の松取りの現場仕事を担う反社・同和・サンカという金の亡者である現場工作員が多く存在します。子供・女性さらい、遺体の運搬・解体、廃棄物処理、松製品の製造など多岐に渡ります。こうした裏の仕事は人目に付かない様に、巧妙に隠されて行われてきました。多くの人々を集めるイベント会場や観光名所を置いたりして効率的・効果的に人さらいを行います。屠場の裏で遺体の解体を行うこともあり得ます。

 

大企業の工場の地下で松製品の製造を行っている可能性もあります。これまでも調査とワークから発電所や石油精製工場などのエネルギー施設は、支配層の松利権工作の拠点だと推測しています。目に見える現実世界は、真実を隠すことで闇にな世界です。闇の仕事をする立場から言えば、いかに多くの人々に知られず巧妙に真実を隠していくことが出来るかどうかが、安定した深い闇の世界をつくる上で大事なポイントになります。深い闇の世界は、魂の光を大きくするために必要でした。

 

魂を持つ人が深い闇を経験することが魂の光を大きくすることになります。その仕組が白と黒が表裏一体になっているオセロの石をイメージすると分かります。黒を大きくすることが白を大きくすることになります。ただし、深い闇の世界は、闇と光が分離されています。オセロの石のように黒と白が表裏一体ではないのです。深い闇の世界が形成された要因となる、分離された闇を光にくっつけて1つにする必要があります。これが闇を光に統合することであり、純粋な祈りで光を降ろすことにより統合が可能になります。

 

簡単に言えば、純粋な祈りによって闇を光に変えることが出来るのです。数多くのの過去世で深い闇を経験した魂を有する人が分離された闇を光に統合して反転させる役割を担っています。日本には闇を光に変える役割を持つ人が生まれてきています。分離された闇が生じる原因が人間のエゴです。人間はエゴが大きくなっていくと、「あれは良いけれど、これは悪い」という風に、自分の都合で分け隔てることをするようになります。自分の都合がいいものを選んで、都合の悪ものを排除します。

 

もっと分かりやすい例が責任転嫁の図式です。自分の思い通りにいかなくなった現実を誰か他の人のせいにします。本当は、不都合の事象は、自分が立ち止まって顧みる機会なのに、誰かのせいだと好機を放り投げてしまうのです。人間のエゴは思考から生まれます。思考が強いとより大きなエゴを生む要因になります。思考は、目に見えるものを捉えるための仕組です。視覚的に物質を捉えることに執着していくと自然にエゴが大きくなっていきます。エゴを小さくしていくことで、闇と光が統合した純粋な姿になります。

 

エゴを小さくすためには、思考ではなく心で感じること、感覚を使うことが大切です。エゴとは、具体的には、自分のものにしたいという思い(所有)、人より秀でたいという思い(優越)、自分の思い通りにしたいという思い(支配・コントロール)3つと捉えています。これらのエゴをできるだけ小さくすることで、自分が純粋になっていきます。闇と光に表裏一体の姿は、病気と健康を例にすると分かりやすいです。病気になるから健康のありがたみが分かります。いつも健康だったら健康のありがたみを忘れてしまいます。

 

健康の素晴らしさを知るために病気や不調を経験するのです。闇と光が1つであることは、闇があっての光であり、光があっての闇であることです。闇と光を切り離さないことがとても重要なのです。闇と光を分離している限り対立や戦いの渦中の暗闇に入っています。私たちの本質は魂であり、目に見えない光です。私たち魂は目に見えない世界から来ています。目に見える物質世界は、目に見えないエネルギーの世界に包含されています。物質世界を変えるためには、まず、エネルギーの世界を変えることが重要です。

 

日本は江戸時代から明治時代にかけて、深い闇に変えられてきました。日本が深い闇の世界に変わるきっかけとなったのが「北海道開拓」です。アイヌ民族が暮らす原野の北海道の地を開拓して稲作などをする農地をつくることが表の目的でした。しかし、その実体は、アイヌや開拓民を犠牲にした支配層の松取りや大麻・アヘン栽培などによる裏の金儲けでした。支配層の松取りの現場工作員として屯田兵が生まれました。屯田兵の後身となったのが、大日本帝国陸軍の第7師団です。

 

7師団は、北海道旭川に拠点を置き、満州やガダルカナルにも転戦して帯広に移りました。戦争は支配層の松利権工作です。一般大衆を騙して命を金に換える工作を成して来ました。若い兵士や一般市民が支配層の犠牲になってきたのです。この北海道開拓の時代に、松取りなどで暗闇にされたのが北見市や石狩市でもあります。北見市は、松取りのマスキングに使われたハッカが有名です。石狩市は、日本最初の缶詰工場が置かれた場所です。北見市と石狩市の歴史を紐解いてワークを行うことにしました。(つづく)