Sapporo_(31503219368) (1)


北海道開拓の本部となる開拓使庁が北海道札幌市に置かれました。現在の北海道と札幌市のトップである鈴木直道・北海道知事と秋元克広・札幌市長に関連した調査とワークは、20215月の《夕張の隠された闇を引継ぐ鈴木直道・北海道知事と秋元克広・札幌市長》で行っています。鈴木直道・北海道知事と秋元克広・札幌市長は、2人とも北海道夕張市に縁があり、夕張の闇を引継いでいることが分かっています。2人には過去に幾度か光を降ろしており、既に替え玉になっています。開拓使庁が置かれた札幌市の情報はwikiに記載されています。

 

『札幌市は、北海道の道央地方に位置し、石狩振興局に属する市。道庁所在地および石狩振興局所在地。政令指定都市であり、10の行政区が置かれる。北海道の行政・経済・文化の中心地であり、道内で人口最多の市(人口1958200人、2023930日現在)である。また、北の歓楽街「すすきの」は全国的にも有名である。[概要]日本最北の政令指定都市であり、内陸の市町村の中で最も人口が多い都市でもある。全国の市の中でも横浜市・大阪市・名古屋市に次ぐ4番目の人口を有しており、北海道全体の人口の約4割弱(37%)の殆どを占めている大都市圏を構成している。

 

地下鉄(札幌市営地下鉄)が通る日本最北の市でもある。北海道のプライメイトシティであり、札幌都市圏を形成している。全国規模の大企業の北海道支社が多数立地する支店経済都市でもある。また、仙台市・広島市・福岡市とともに通称「札仙広福」と呼ばれる地方中枢都市の一角を担う存在である。アイヌの人々が暮らしていた蝦夷地は1869(明治2)に北海道と改称され開拓使が置かれて札幌本府の建設が始まった。1875年に最初の屯田兵が入植。札幌の建設計画は当時の開拓判官島義勇によって構想された。

 

京都を参考にした街づくりは創成橋東側のたもとを基点に東西の基軸を創成川、南北の基軸を渡島通(現在の南1条通)として区画割を進めていった(現在の南北の基軸は大通公園)。このため、中心部の多くは街並みが碁盤の目状になっている。街の中心部には東西方向に大通公園が位置しており、大通公園の北側は北海道庁舎や札幌市役所、札幌駅、北海道大学などの公的機関が所在する官公庁街・オフィス街であり、大通公園の南側はすすきのを中心とした大規模な歓楽街・繁華街が広がっている。

 

開拓時代から第二次世界大戦前までの札幌は行政都市としての性格が強かったが、戦後は戦中からの日本政府の統制経済政策などによって、それまで小樽市に集中していた卸売業者(問屋)や金融機関、道外企業の支店などが中央官庁の出先機関が集中した札幌に数多く移転し、第三次産業を主軸とした道内経済の中心地となった。人口も主として道内各市町村からの転出者を受け入れる形によって急増し、1970年に日本国内で8番目となる100万人都市となった。また、周辺町村を編入・合併して市域を拡大していき、かつては農村であったそれらの地域はベッドタウンとして住宅地化していった』。

 

札幌市のwikiの歴史の内容でワークの対象の人物と感じた箇所を纏めたのが以下になります。『明治維新後の1869(明治2)に石狩国札幌郡に属し、同年開拓判官島義勇の指導の下、札幌本府の建設が始まる。・・当時石狩や小樽などを管轄し、開拓使と対立関係にあった兵部省の井上弥吉や小出房一郎らは、管轄地内の物資を開拓使に売ることを禁じたため、札幌本府は深刻な食料不足に陥った。・・島の思い切った札幌建設は開拓使長官東久世通禧や兵部省との対立を生み、翌1870(明治3)2月に島は職を辞して東京に去った』。

 

北海道神宮に銅像がある開拓判官・島義勇については、20143月のワーク《札幌 北海道神宮 ~巡礼の旅(47)~》で光を降ろし「判官さんがお辞儀をして上がって行った」と伝えられています。札幌の歴史からワーク対象に選んだのが井上勝と東久世通禧(くぜみちとし)です。井上勝(井上弥吉・1843-1910年:開拓判官島義勇と対立した人物・鉄道官僚)東久世通禧(1834-1912年:公家・開拓使長官の時に開拓判官島義勇と対立)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「DS」「金春アヌンナキ」と伝えられました。

 

札幌市のwikiを読んで重要人物と感じたのが、初代市長で札幌商業会議所初代会頭の対馬嘉三郎(つしまかさぶろう)です。初代市長・札幌商業会議所初代会頭の対馬嘉三郎(1836-1914年・弘前藩士)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「大工。八咫烏の現場を任された」と伝えられました。初代札幌市長は八咫烏の現場工作員の役割だったようです。札幌市の支配層の松利権に関係する人物として市長の他に市議会議長がいます。札幌市議会議長は、飯島弘之(西区・5期目)です。サイト情報によると経歴は『昭和42年札幌市生まれ。

 

手稲宮丘小学校、手稲東中学校、札幌西高等学校、慶応義塾大学を経て、平成3年㈱三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。平成6年ロイヤルコンサルタント㈱に入社。平成19(2007)4月札幌市議会議員選挙に初当選。同3144期目の当選を果たし現在に至る』と記されています。札幌市議会議長の飯島弘之に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「金春アヌンナキ」と伝えられました。金春アヌンナキはエゴの闇の象徴です。札幌市議会議長は、金やエゴの闇に覆われているようです。

 

札幌市は全国51市町村が認定されている「国際会議観光都市」の1つです。北海道には札幌市の他に旭川市と釧路市があります。観光は、支配層にとっての松利権の巧妙な隠れ蓑になっています。国際会議観光都市に認定されている市町村は、支配層の松利権の拠点と言えます。札幌市の観光を促進する団体が「札幌観光協会」であり、札幌の支配層の松利権という裏の金儲けの基盤です。北海道開拓時代の支配層の松取りの闇を現場ベースで引継いでいると感じます。公式サイトには札幌観光協会の協会概要が記されています。

 

『組織名称:一般社団法人札幌観光協会 設立年月日:昭和11516日 所在:札幌市中央区北1条西2丁目 北海道経済センター4F 会員数:738(2023331日現在) 役員 会長:長野実』。札幌観光協会の会長、副会長の7人をワーク対象に選びました。札幌市観光協会の会長・長野実(北洋銀行取締役副頭取(代表取締役))に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「DS」と伝えられました。会長・長野実が副頭取に就く北洋銀行は、北海道開拓の松利権の金庫番だった北海道拓殖銀行(拓銀)の破綻後を引継いだ銀行です。

 

北洋銀行は第二地方銀行ですが、地方銀行の北海道銀行をも上回る規模を有する北海道最大の金融機関となっています。副会長・池田光司(池田食品㈱代表取締役社長)、副会長・今井一彦(東邦交通㈱代表取締役社長)、副会長・石川敏也(札幌市副市長)、副会長・原田寛(㈱じょうてつ代表取締役社長)、副会長・金森淳司(㈱グランビスタホテル&リゾート 札幌パークホテル 執行役員総支配人)、副会長・林浩一(日本航空(JAL)北海道支社長)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「汚くなった八咫烏」「金春アヌンナキ」「官僚」「反社」「レプ」「DS」と伝えられました。(つづく)