
2024年2月の光の講座の時に、参加者の方からモンゴルの「マンホールチルドレン」のことを知りました。その方は、モンゴルの家族旅行の時に、ホテルで幼い息子が連れ去られそうになった実体験も話してくれました。モンゴルには、身近に子供さらいの現場工作員が存在していることが分かります。モンゴルのマンホールチルドレンに関するサイトを見て、日本の支配層が絡む工作だと直感しました。また、大相撲の世界にもモンゴル人の力士が多く生まれており、関係していると感じていました。
《モンゴルの闇が浮上する真相不明な引退劇の逸ノ城と弟弟子への過激な暴力で相撲界を追放された北青鵬》などの5つのシリーズ記事で、過激な暴力事件で各界を追放された元白鵬の弟子・北青鵬の問題の真相を追究してきました。相撲界のドンと呼ばれた日大の田中元理事長が表舞台を去ったことで、大相撲の世界の隠されたモンゴルの闇が浮上してきています。これは安倍晋三元首相が表舞台から去った後、統一教会の巨額献金問題やジャニーズの性加害問題が雪崩式に表に出て来たのと同じ様相を呈しています。
今回、マンホールチルドレンと共に真相不明な逸ノ城の引退についても真実を追究していきたいと思います。「マンホールチルドレン」をネットで調べると《アクティボ》に説明が書かれていました。『世界に1億以上いると言われるストリートチルドレン。その中でも、「マンホールチルドレン」と呼ばれる子どもたちをご存じでしょうか?マンホールに住む「理由」や「社会的背景」について簡単に説明します。「マンホールチルドレン」とは「マンホールに住むストリートチルドレン」のこと。
・マンホールチルドレンはどんな理由からマンホールに住むことを選んでいるのでしょか?-マンホールに住んでいる理由は厳しい寒さに耐えるためモンゴルでは、真冬には「-30℃」になるくらい寒いため、路上で暮らすことは厳しい状態です。そのため、「温水供給パイプ」が通っている「マンホール」の中で暮らし、暖をとっています。しかし、マンホールの中は汚水が漏れていたり、虫がわいていたりしてとても不衛生です。皮膚病になったり、深刻な病気にかかる子どもが大勢います。
・マンホールチルドレンが増加した理由は1990年代の経済危機大きく影響している -マンホールチルドレンが増加したきっかけは、1990年代の初めの「ソビエト連邦の崩壊」。ソ連に経済を依存していたモンゴル経済は大きな影響を受け、壊滅してしまいました。その結果、多くの企業が潰れ、路上で暮らす人が増加しました。・マンホールチルドレンになる理由は主に「家庭環境の崩壊」が原因 -多くのマンホールチルドレンは生まれた時からマンホールにいるわけではありません。「家庭環境の崩壊」によって住む場所を失った時に、マンホールに住むようになるケースが多いようです。
また、家があったとしても「帰りたくない」「親と暮らしたくない」という理由でマンホールでの生活を選ぶ子どももいます。ここで言う、家庭環境の崩壊とは「親の再婚」「親の失業」などがあります。具体的な例としてEくんの例を紹介します。マンホールチルドレンになったきっかけは「父親の失業」です。失業をきっかけに、父親から母親への暴力が始まり、母子で家出。そのうち、母親が新しいパートナーと再婚しましたが、Eくんを残して地方へ行ってしまいました。残されたEくんはおばさんと暮らしていていましたが、ひどい目に遭わされて追い出されてしまい、マンホール生活が始まりました』。
日本にモンゴルのマンホールチルドレンが広く知れ渡ったのは、NHKのドキュメンタリー番組でした。1998年に、NHKがモンゴルのマンホールに住む3人の子どもを追う番組を制作放映しました。まだ10代前半の3人の子どもがマンホールの中で助け合って生きている姿が映し出されていました。2008年には、その続編として「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」が放映されました。同じ3人の子ども達の10年後を映した番組です。2019年4月26日の朝日新聞の記事《取材20年、モンゴルのマンホール暮らしの少年たち》には、マンホールチルドレンの状況と画像が掲載されています。
『今年2月にNHK・BS1で放送され「今年度一番の名作」との声も上がったのが「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」だ。極寒の地に暮らすホームレスの少年たちのドラマチックな半生には視聴者からも大きな反響があった。再放送を前に制作の舞台裏を聞いた。番組の主人公は、貧しさや義父の暴力で親元を離れ、モンゴルの首都ウランバートルにやってきたボルトとダシャ。制作会社「えふぶんの壱」会長でプロデューサーの山口秀矢(68)が1997年に取材を始めた際には、13歳と14歳の少年だった。
温水用パイプが通るマンホールの中で寝起きしていた子どもたちの中に、彼らもいた。ゴミをあさって食べ物を探したり、病気のまま放置されたりの過酷な環境。「ほとんどの子どもたちが、その日は会えても翌日はどこに行ったか分からなくなってしまう」状況だったが、ボルトとダシャには会い続けることができた。真面目に廃品回収で食いぶちを稼いでいた2人の足取りは、廃品買い取り所の大人たちに聞けばつかめたからだ・・』。掲載された映像は、ドラマ撮影と同じで自作自演だと感じました。
《ロヒンギャ難民のユニセフCMに対する違和感と光に見せかけた闇の仕組》にありますが、支配層は一般大衆の共感と同情を集めるために悲惨な環境の中での美談づくりを意図的に行っています。それは、募金などの金を多く集めるためです。極寒のモンゴルでのマンホール生活をする子どもたちは、「悲劇の美談」づくりにはうってつけの題材なのです。朝日新聞記事に記載された『制作会社「えふぶんの壱」会長でプロデューサーの山口秀矢』を調べると、2023年10月2日に死去していました。2023年10月12日の東京新聞の記事で詳細が伝えられています。
『山口秀矢さん(やまぐち・ひでや=テレビ番組制作会社「えふぶんの壱」会長) 2日、肺がんのため死去、72歳。福岡県出身。葬儀は家族葬で行った。喪主は妻周子(しゅうこ)さん。大阪芸術大卒業後、映画監督の黒木和雄氏に師事し、90年に「えふぶんの壱」を設立し、ドキュメンタリーや紀行番組を中心に制作。「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」が19年度文化庁芸術祭のテレビ・ドキュメンタリー部門で大賞を受けるなど活躍した。13年には映画「樹海のふたり」の監督も務めた』。
プロデューサーの山口秀矢の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「反社」と伝えられました。《NHKオンデマンド》には、マンホールチルドレンの主人公のボルトとダシャの画像が掲載されています。マンホールチルドレンの主人公のボルトとダシャに闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「2人とも金」と伝えられました。モンゴルのマンホールチルドレンと呼ばれる人たちは、貧困であるために金を得ることに必死になり、純粋である故に汚い闇に染まってしまっていると感じます。その背後には、子どもたちを利用する支配層の工作員が存在します。
《NHK番組「ライブ・エール」で有名な反戦歌を加藤登紀子が歌うVTRがフリーズした放送事故の意味》にありますが、2022年にNHKは広島に原爆投下の8月6日に加藤登紀子の反戦歌を流しました。視聴者に戦争の真実を隠すための悲劇の美談の反戦歌工作です。「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」は、19年度文化庁芸術祭のテレビ・ドキュメンタリー部門で大賞を受賞しています。国やNHK、朝日新聞などのメディアを含めた支配層全体が、工作員を総動員して真実を隠し、国民を騙して利益を得るための作品だったと推察します。(つづく)