
自民党の参議院議員・長谷川岳のパワハラ問題の真相を追究していく上で2本柱となるのが「YOSAKOIソーラン祭り」と「戸塚ヨットスクール」です。父親が戸塚ヨットスクールの支援者だったことから、長谷川岳は小学5年生の時に兄とともに戸塚ヨットスクールに入学しています。「戸塚ヨットスクール」の背後に何があるのかを追っていきました。戸塚ヨットスクールの情報はwikiに記載されています。『戸塚ヨットスクール株式会社は、愛知県知多郡美浜町のヨットスクール(フリースクール)である。
校名は創始者の戸塚宏の名字から。[概要・方針]1976年、ヨットマンの戸塚宏により「オリンピックで通用するような一流のヨットマンを育てる」という理想の下で設立される。 教育方針は校長の戸塚宏が提唱する「脳幹論」と称するものに基づいている。この「脳幹論」とは、「青少年の問題行動は、脳幹の機能低下により引き起こされる」という持論に基づき、「アトピーや喘息、出勤・登校拒否、引きこもり、癌なども、脳幹を鍛えることによって克服できる」と説くものである。
戸塚の支援者である石原慎太郎は、この理論はオーストリアの動物行動学者であるコンラート・ローレンツが唱えたものであるとしている。「人間が与えられた「生きる力」を100%開花させることに全力を注ぐ」ことをうたい、「基礎精神力を養う」ことを目的に、現在はウィンドサーフィンを使ったトレーニングを行っている。[戸塚ヨットスクール事件]1970年代末から1980年代にかけて、スパルタ式と呼ばれる独自の指導により、不登校や引きこもりや家庭内暴力などの数多くの非行少年を矯正させたという触れ込みで、戸塚ヨットスクールはマスメディアに登場し話題となる。
当時は校内暴力が社会問題化していたため、問題行動を繰り返す青少年の矯正を行えると自称した同スクールが注目されたものであった。しかし、訓練中に生徒が死亡したり行方不明になったりした、いわゆる「戸塚ヨットスクール事件」が明るみに出た結果、1983年に傷害致死の疑いで捜査が行われ、校長の戸塚以下関係者15名が逮捕、起訴された。長年に及ぶ裁判の末、戸塚およびコーチらは有罪判決を受けた。校長の戸塚は懲役6年の実刑で服役した後、2006年4月29日に静岡刑務所を出所し、スクールの現場に復帰した。
[復帰後の事件]2006年10月9日、25歳の訓練生の男性がスクール近くの沖合で水死体となって発見される事件が起きた。この男性は同月6日に失踪し行方不明となっていた。遺体に外傷はなかったため、事故死か自殺とみられている。2009年10月19日、戸塚ヨットスクールの寮の3階から18歳の訓練生の女性が飛び降りて死亡する事件が発生した。女性は3日前に入所したばかりで、他の寮生・コーチと共に布団干しの作業中に約1.5メートルのコンクリート製の屋上のへりを乗り越え、路上に転落した。愛知県警半田署は自殺とみて捜査している。
2012年1月9日、スクール内の寮の前で頭から血を流して倒れている21歳の訓練生の男性が発見され、病院搬送後に死亡。「ヨットスクールの生活がつらく、このまま生きていくのもつらい」と書かれたメモがあったことから、飛び降り自殺と考えられている』。wikiによると、戸塚ヨットスクール事件では5人の訓練生が死亡しています。また、事件後においても3人の訓練生が亡くなっています。これは、どうみても尋常なフリースクールではありません。また、合計8人の死亡者を出したのに、戸塚ヨットスクールが現在も存続していること自体が不可解です。
「戸塚ヨットスクール」には何か隠された闇があると感じて校長の戸塚宏について調べていきました。戸塚宏の情報はwikiに記載されています。『戸塚宏(1940年-)は、フリースクール(現在はウインドサーフィンの訓練をする全寮制の施設)「戸塚ヨットスクール」を運営する日本の教育家・著述家。名古屋大学工学部在学中にヨット部の主将として活躍。1975年には沖縄海洋博記念「太平洋-沖縄・単独横断レース」で堀江謙一らを破って優勝し注目されたヨットマンだが、1979年から1982年にかけて体罰が原因とする塾生5名の死亡事故を引き起こした。
その戸塚ヨットスクール事件で傷害致死罪、監禁致死罪で起訴される。19年を要する長期裁判となったが最高裁で懲役6年で判決確定。2006年4月29日、静岡刑務所を満期出所。スクールは一時閉鎖に追い込まれたが、1986年に戸塚が3年ぶりに保釈されて再開。1987年には石原慎太郎を会長とする「戸塚ヨットスクールを支援する会」が発足している。[来歴・生い立ち]日本統治下の朝鮮咸鏡北道清津市生まれ、愛知県名古屋市育ち。名古屋市立菊里高等学校卒。1959年、名古屋大学工学部機械工学科入学。在学中にヨットに出会う。
1965年、名古屋大学工学部機械工学科を卒業。1975年、沖縄国際海洋博覧会記念太平洋横断レースで、シングルハンド(一人乗りヨット)による太平洋横断の最短世界記録(41日)を達成して優勝した』。wikiにある戸塚宏の出生地の「日本統治下の朝鮮咸鏡北道清津市」とは、現在の「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)咸鏡北道清津市」です。戸塚宏が北朝鮮生まれであることがポイントであり、ヒントです。戸塚宏は「力は正義だ」という考え方を持っています。支配のために暴力という「力」を行使するやり方です。
相手を自分の思い通りに動かすために、力(暴力)で従わせるのです。これは肉体の痛みを与えて従属させる極限的な「洗脳」だと捉えています。これは、まさに「軍隊」に通じます。《元大日本帝国陸軍将校が作った北朝鮮》にありますが、北朝鮮は陸軍中野学校の畑中理(金策)がつくったとされる国家です。もっと言えば、大日本帝国陸軍という八咫烏が建国した支配のための工作国家です。戸塚宏は、天皇を頂点とする「絶対支配」の国家を目指す旧日本陸軍と同じ思想信条を有していると感じます。
戸塚ヨットスクールの校長・戸塚宏と所在地(愛知県知多郡美浜町北方宮東70-1)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「金春アヌンナキ」「監獄」と伝えられました。グーグルマップに掲載された戸塚ヨットスクールの建物の画像は、まさに「監獄」を連想します。戸塚宏のwikiには、『1999年、「電磁界等を考えるシンポジウム京都会議」に、発起人の一人として名を連ねる』と記されており、「電磁界」に目が留まりました。電磁波を用いた洗脳と実験を行っていた可能性を感じます。「電磁界等を考えるシンポジウム京都会議」を追跡しました。(つづく)