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2024
12月の光の講座の中の簡易ヒプノセラピー《伊豆と出雲の地が開くと奴奈川姫の龍体が動く》において、日本の龍体を解放するには、封印されている「出雲」と「伊豆」を開く必要がある旨を伝えられました。そこから「出雲」である島根県出雲市の出雲大社を主としたワークと「伊豆」の松崎町を主としたワークを行ってきました。《奴奈川姫の龍体が動くための出雲と伊豆の地の解放と創価の裏の本拠地となる静岡県の伊豆・松崎町の地》などシリーズ記事に詳細が記されています。出雲の関連ワークで、まだやり残した感がありました。

 

出雲国、特に奥出雲が「たたら製鉄」の源流の地であり、松利権を引継いでいるサンカの一族がいると推察していました。《同和の闇の源流となるサンカの人々を支配する目玉のエネルギー体の統合》にありますが、たたら製鉄は、古くから支配層の松利権に直結しており、人命を犠牲にした裏金の蓄財を成している土着のサンカの一族を生み出してきました。砂鉄を溶かして鉄製品を作る、たたら製鉄は、遺体を焼却処理して、松取りの証拠隠滅を図る工作として利用されてきました。松の闇のあるたたら製鉄によって生まれた鉄素材は、闇のエネルギーを帯びており、世の中を暗闇にする闇の材料にもなります。

 

たたら製鉄を源流とする鉄鋼業は、支配層にとって、一石二鳥にも三鳥にもなる都合の良い工作でした。たたら製鉄は、鉄鋼材料の製造を隠れ蓑にした、支配層の松利権という裏金づくりでもあったのです。折しも、日本製鉄による米国のUSスチール買収の問題が脚光を浴びているのは、トランプ大統領が主導して仲介しているからでもあります。しかし、その本質は、トランプ関税と同様に、日本製鉄やUSスチールの鉄鋼業の裏に隠されたDSなどの支配層の松利権網を壊すためだと見ています。出雲の地が源となる、たたら製鉄の松利権を現在有しているのは誰なのか、をネットで調べていきました。

 

出雲国-wikiには、『伝統産業であった製鉄で財を成した出雲三名家(田部家、桜井家、絲原家)は、現在も島根県下の実力者である』と記載されていました。奥出雲が中心地となる「たたら製鉄」の松利権が引継がれていると感じていましたが、やはり松利権を有する「たたら御三家(出雲三名家)」という3つの家系がありました。たたら御三家-wikiに、詳細情報があります。『たたら御三家(たたらごさんけ)は、江戸時代の出雲国松江藩(現在の島根県東部)で、たたら製鉄により栄えた山林大地主の御三家。田部家(たなべけ)、櫻井家(桜井家・さくらいけ)、絲原家(糸原家・いとはらけ)の三家。

 

明治以降、たたら製鉄が近代製鉄に代わられた後も、島根の政財界の名家として存続した。21世紀現在も存続しており、それぞれ「田部美術館」「櫻井家住宅」「絲原記念館」などを有する。鉄師御三家(てつしごさんけ、てっしごさんけ)、鉄の御三家、たたら製鉄の御三家などともいう。[田部家]→「田部長右衛門」、「田部 (企業)」、および「田部美術館」を参照。[櫻井家]→「桜井三郎右衛門」および「櫻井家住宅 § 櫻井家」を参照。[絲原家]→「絲原武太郎」および「絲原記念館 § 絲原家」を参照。[関連項目]・竹下登、竹下本店-田部家は竹下家と代々縁があった。

 

・「VIVANT-櫻井家をモデルとする名家が登場する2023年のテレビドラマ。・木次線-絲原家が創設に関与した鉄道路線。・豪農』。たたら製鉄の裏にある松利権を有している家系は、たたら御三家という田部家、櫻井家(桜井家)、絲原家(糸原家)の三家のようでした。このたたら御三家の各家をさらに追っていきました。田部家には、代々の当主が「田部長右衛門(たなべちょうえもん)」を名乗っています。田部長右衛門-wikiには、代々の田部家の当主の田部長右衛門の情報が記載されています。『田部長右衛門は島根県雲南市・奥出雲の山林大地主で「鉄師御三家」の田部家の当主が代々襲名する名前。

 

・田部長右衛門 (21)(田部長秋)-実業家・貴族院多額納税者議員。・田部長右衛門(22)(田部茂秋)-実業家・貴族院多額納税者議員、山陰合同銀行取締役。・田部長右衛門(23)(田部朋之)-実業家・島根県知事(民選46代目)、島根新聞社(現・山陰中央新報社)社長。・田部長右衛門(24)(田部智久)-実業家、元山陰中央テレビジョン放送会長。・田部長右衛門(25)(田部真孝)-実業家、元フジテレビジョン社員、株式会社田部社長、山陰中央テレビジョン放送社長。[関連項目]・田部(企業) ・田部美術館 ・田部家土蔵群』。21代田部長右衛門(田部長秋)の経歴はwikiに記されています。

 

21代 田部長右衛門(1850-1942)は明治から大正期の政治家・実業家・林業家。貴族院多額納税者議員。名は長秋。[経歴]出雲国能義郡、後の母里村(伯太村、伯太町を経て現安来市)で宇山清左衛門の弟として生まれ、1874(明治7)1月、飯石郡吉田村(現雲南市)の鈩製造業・先代周重の養子となり、1885(明治18)4月に家督を相続し、21代長右衛門を襲名した。1884(明治17)島根県会議員に選出され、1889(明治22)吉田村名誉村長に就任。1890(明治23)島根県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年929日から1897(明治30)928日まで在任した。

 

1879(明治12)出雲国鉄師頭取に就任したが、1923(大正12)和鉄の衰退を受けて製鉄業を廃業し、山林業の進展を図り、地域の産業振興に尽力した。1926(大正15)退隠し、前名長右衛門を改め、長秋を名乗る』。21代田部長右衛門(田部長秋)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「薩摩の闇」と伝えられました。薩摩の闇とは、薩摩の地に伝えられたキリスト教の松取りの闇をベースとする八咫烏鶴派に重きを置く同和の闇だと捉えています。「同和」とは、八咫烏鶴派と亀派の2つの勢力を戦わせて利益を得る勢力です。徳川幕府を中心として鎖国政策を講じていた江戸時代に、日本は支配層・八咫烏の支配の基礎がつくられました。

 

そして、明治維新によって新政府がつくられより深いエゴの闇の建屋がつくられたのです。その中心が薩摩藩と長州藩の薩長です。薩摩藩は八咫烏鶴派(欧州・中国・ロスチャイルド派)であり、長州藩は八咫烏亀派(米国・朝鮮・ロックフェラー派)の役割です。2つの鶴亀の勢力の上に戦わせて利益を得る同和派の勢力があります。薩長の上層部が同和派の勢力となっています。その詳細は《火葬場が絡む松システムを構築した内務卿・大久保利通と配下の日本の警察の父・川路利良の薩摩ライン》に記しています。たたら御三家の田部家は、八咫烏鶴派(中国・欧州・ロスチャイルド)に重きを置く同和派の役割と感じます。(つづく)