
ヤマダデンキの創業者で、株式会社ヤマダホールディングスの代表取締役会長
兼 CEOは、山田昇(やまだのぼる)です。山田昇の経歴はwikiに記載されています。『山田昇(1943年-)は、宮崎県宮崎郡佐土原町(現・宮崎市)出身の経営者、実業家。ヤマダホールディングス(ヤマダデンキ)創業者。同社代表取締役会長兼取締役会議長、東日本実業団陸上競技連盟会長、日本実業団陸上競技連合副会長。[人物]2013年6月27日付で、上場以来、初めて2期連続減収減益となったことを受け、取締役全員の役職を引き下げたことから社長に復帰した。
2016年4月1日、会長兼取締役会議長に退き、後任には桑野光正取締役兼執行役員常務が就任した。甥の一宮忠男は元ヤマダ電機代表取締役副会長で、長らくヤマダ電機のNo.2であった。長男の山田傑は2016年までヤマダ電機の取締役を務め、当時は昇の後継者と目されていたが、2016年に記者会見において昇が「後継者として、その任にない」と明言して傑を取締役から退任させるなど、経営のためなら身内でも切る厳しさで知られる。[略歴]・1966年-日本ビクター(現:JVCケンウッド)入社。・1973年-群馬県前橋市で個人家電店(ヤマダ電化センター)を創業。
・1983年-株式会社ヤマダ電機を設立。・2000年-東京証券取引所市場第一部上場。・2008年-代表取締役会長兼代表執行役員CEO。・2013年-代表取締役社長兼代表執行役員CEO。・2016年-代表取締役会長兼取締役会議長。[家族]・長男-山田傑(ヤマダ電機元取締役)・長女-山田直美(ヤマダ電機元社長室長、故人)[テレビ出演]・日経スペシャル カンブリア宮殿(テレビ東京)-ヤマダ電機 会長として出演。・「家電量販No1!ヤマダ電機強さの秘密」(2008年9月29日、テレビ東京)。・「ヤマダ電機に見る、ニッポン流通の未来図」(2008年10月6日、テレビ東京)』。wikiには、山田昇の出自に関する情報が非常に少ないと感じました。
宮崎県宮崎市の出身であれば卒業した学校の学歴も記載されていて、当然だと思います。山田昇のネット情報はもう少し調べていきました。《サンデー毎日2022年3月13日号 | 毎日新聞出版》から、山田昇が東京都台東区にあった「千代田テレビ技術学校」を卒業していることが分かりました。『1943(昭和18)年、宮崎県に生まれた。上京してアルバイトをしながら千代田テレビ技術学校で学び、日本ビクター(現・JVCケンウッド)に入社。73年に〈店舗面積わずか8坪、夫婦二人という「町の電気屋」〉(ヤマダHDのウェブサイト)を開業した土地は、辞めたばかりの日本ビクターの工場に近い前橋市だった』と記されています。
「千代田テレビ技術学校」は、学校法人千代田学園が運営していた専門学校ですが、2004年に解散しています。wikiには『学校法人千代田学園は、東京都台東区東上野に法人本部を置いていた学校法人。2002年に民事再生手続を申請、現在は設置校の千代田工科芸術専門学校と千代田海洋科学ビジネス専門学校はともに学生募集を停止し、2004年に卒業生を送り出したのを最後に休校し、卒業証明書他各種書類を発行する「事務センター」のみが運営されている』とあります。学校法人千代田学園が解散に至った経緯は、不明朗な点があり、学校法人千代田学園そのものが、工作組織だったと個人的には見ています。
経験的には、電子・電気関係の裏には支配層の松利権があると分かっているので、松工作に関連していたと推察しています。ジャフコ
グループ㈱公式サイトの《「町の電器屋」から「国内最大手の家電量販店」へ 時代を貫くヤマダ電機のベンチャー精神》には、株式会社ヤマダホールディングス 監査役の岡本潤(当時)がヤマダデンキの歴史を語っており、山田昇の経歴が垣間見えます。『ヤマダ電機の原点は、日本ビクター(現:JVCケンウッド)出身の山田が30歳のときに開いた家電店です。奥さんもビクターの人で、独立したのは長男がお腹の中にいた頃。
脱サラのきっかけは、「能力をもっと正当に評価される環境で仕事がしたかったから」だと聞いています。当時はカラーテレビが普及し始めた時代で、家電は訪問販売が主流。山田は松下電器産業(現:パナソニック)と契約し、まずは近所を1日300軒、合計10,000軒のローラー作戦で市場調査をしたとか。山田は、テレビ技術の専門学校を出ていたので販売だけでなく修理も請け負い、5年目で5店舗・年商6億円にまで拡大しましたが、人材育成の難しさに直面して本店以外の店舗を一旦閉めることになりました。・・安売りの「家電量販店」という業態をスタート。
甥の兄弟(ヤマダ電機元経営陣の一宮忠男氏と一宮浩二氏)を宮崎から呼び寄せ、店舗を増やしていきました。・・山田が量販店を始めた頃、栃木に同じような人がいるという噂を耳にしました。小島電機(現:コジマ)創業者の小島勝平さんです。すぐに表敬訪問し、いずれ群馬に進出するであろうことを予感した山田は、株式会社化や出店を進めて地固めをしたのです』。ジャフコの記事には、『店舗の写真を切り貼りして描かれた山田会長の肖像』と記された画像が掲載されていました。創業者の山田昇は、まさに、ヤマダデンキの天皇としての存在だと感じました。
《ヤマダ電機の創価学会式経営の急所(2008-07-01)》には、『創業者の山田昇会長(65)、4月1日に社長に就任した一族の一宮忠男氏はともに創価学会の古くからの信者だという。一宮社長は創価大学出身でもある。学会方式の階級制、団結を標榜する』とあり、山田昇が創価学会の古くからの信者だといいます。裏づけを取るために、山田昇と創価学会の関係をネットで調べました。《創価大学ニュース 64号(2010年1月15日発行)》から、山田昇は創価大学での講義の講師をしていました。『平成21年度 トップが語る現代経営 講師一覧 第9回 11月25日 (水) 株式会社ヤマダ電機 山田昇 代表取締役会長兼CEO』と記されています。
また、ヤマダHD公式サイトから、山田昇は創価大学最高栄誉賞を受賞していることが分かります。『山田社長に対し「創価大学最高栄誉賞」が授与されました。(2009年)10月10日創価大学池田記念講堂において、山田社長に対し「創価大学最高栄誉賞」が授与されました。この賞は、山田社長が創業以来、「創造と挑戦」の理念を掲げ、革新的かつ戦略的な経営推進によって、名実ともに家電販売業界のリーディングカンパニーとして国民生活の向上に大きく貢献されたこと、また、ヤマダ電機として環境・社会活動、文化活動などに積極的に取組み、社会に貢献してきたことに対しての功績が認められ表彰されました。
この賞の受賞者には、日本を代表するトップ企業の代表者をはじめ、ノーベル平和賞受賞者のマータイ博士、中国、周恩来総理夫人登頴超(とうえいちょう)女史等、 世界を代表する方々が受賞されております』と記載されています。ヤマダデンキ創業者の山田昇は、創価学会の古くからの信者とされることが頷けます。ヤマダデンキの創業者で㈱ヤマダHDの代表取締役会長兼CEOの山田昇に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「八咫烏。術師」と伝えられました。ヤマダHDのトップは、術を使って支配し暗闇にする支配層・八咫烏の工作員の役割を担っているようです。(つづく)