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水俣病関連のその他の団体についてネットで調べていくと、環境省公式サイトの《2025年02月25日 令和6年度水俣病経験の普及啓発セミナーの開催について》が目に留まりました。トップページには、『1. 環境省では、水俣病の経験から得た教訓を国内外に伝えるために、平成8年度から水俣病経験の普及啓発セミナー事業を実施しています。2. 本年度は、令和738()に、大阪府内において「水俣病をどう伝えていくか」と題したセミナーを開催します』と記されています。上記の水俣病経験の普及啓発セミナーのプログラムに記載された講演者と所属団体に着目して調査とワークを進めました。

 

まず、『1340 語り部講話 語り部 杉本 肇氏(水俣市立水俣病資料館 語り部) 聞き手 吉永 利夫氏(一般社団法人水俣病を語り継ぐ会 理事)』と記されている「水俣市立水俣病資料館」と「一般社団法人水俣病を語り継ぐ会」について追跡しました。水俣市立水俣病資料館についての説明は公式サイトに記載されています。『[来館案内]〈起きたことに学び ここに生きる希望をつくる〉水俣病資料館は、水俣病の歴史と現状を正しく認識し、悲惨な公害を再び繰り返してはならないという切なる願いと、貴重な資料が散逸しないよう収集保存し、これを後世へ継承していくことを目的として、平成51月に開館いたしました。

 

それ以来、国内はもとより全世界から年間約4万人の方々に見学に訪れていただいています。また、公害学習・環境学習だけでなく、人権教育の場としても活用していただいています。〈館内見学〉水俣病の歴史などをパネル・写真・モニターテレビ等で紹介する常設展示と企画展示によって、水俣病の現状や教訓について正しく学ぶことができます。入館料は無料です』。公式サイトの《語り部・伝え手紹介》には、水俣病認定患者本人または遺族の語り部10名と伝え手4名の顔写真とプロフィールが紹介されています。新潟県公式サイトによると、水俣市立水俣病資料館館長の岩田幸哉(元水俣市福祉環境部環境課長)です。

 

水俣市立水俣病資料館館長の岩田幸哉、所在地(熊本県水俣市明神町53)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「カエル」「いいです」と伝えられました。アーク配下のカエルの宇宙人が憑くサンカ工作員の役割のようです。公式サイトによると、水俣病資料館語り部の会会長は、緒方正実です。プロフィールは『195712月生まれ。2007年水俣病認定。水俣病資料館語り部の会会長。水俣市月浦在住』とあります。水俣病経験の普及啓発セミナーの講演者である水俣市立水俣病資料館 語り部の杉本肇のプロフィールについては、公式サイトには、『19611月生まれ。水俣病資料館語り部の会副会長。

 

杉本雄さん()、栄子さん()の長男。水俣市袋在住』と記されています。水俣病資料館語り部の会の会長・緒方正実、語り部の杉本肇に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「金」「同和」と伝えらえました。やはり同和の工作員の役割を担っているようです。一般社団法人水俣病を語り継ぐ会については、公式サイトはありますが、団体概要の説明の記述はありませんでした。団体名の通り、水俣病を語り継ぐ活動をしている一般社団法人のようです。《FM-KUMAMOTOのX》によると水俣病を語り継ぐ会の代表理事は、吉永理巳子(よりながりみこ)です。吉永理巳子は、水俣病資料館語り部の会の語り部でもあります。

 

プロフィールは《NHKアーカイブス》に記載されています。『吉永理巳子さん 子どものころ、漁師の祖父、チッソ社員の父を、劇症型の水俣病で亡くす。発症当時は原因不明の“奇病”と恐れられ、40年間誰にも話せなかった。本との出会いなどをきっかけに、水俣病と向き合えるように。平成9年から水俣病資料館の語り部として、経験を子どもたちに語っている。1951年水俣市明神町でチッソ社員の父・二芳(つぎよし)さんの三女として生まれる。1954年6月ごろ、父の二芳さんが水俣病発症。19561017日父の二芳さんが亡くなる。享年3811月ごろ、祖父の安太(やすた)さん(漁師)が水俣病発症。

 

1965828日祖父の安太さんが亡くなる。享年781970年大阪の化粧品会社に入社。翌年熊本県の美容学校に入学。卒業後、美容師に。73年ごろ水俣に帰郷。1976年車用品販売(自営業)1997年水俣病資料館の語り部として活動。2003年頃古びんの加工工房を開業。2007年頃水俣病資料館語り部の会 副会長。2012年水俣病を語り継ぐ会発足 代表』。水俣病経験の普及啓発セミナーの講演者(聞き手)である吉永利夫(一般社団法人水俣病を語り継ぐ会 理事)のプロフィールは、《サイト情報》に掲載されています。『昭和26321日生 。水俣市明神町在住。昭和26(1951年)静岡県静岡市に生まれる。

 

8人兄弟の7番目。 1972年から水俣へ。自主交渉派、訴訟派の患者さんたちとかかわり、水俣病センター相思社へ入社。 水俣病歴史考証館の設立に携わる。 2001年 水俣に修学旅行を誘致するためのNPO法人を設立。現在は()ミナコレ、()水俣病を語り継ぐ会を設立し、多様な表現を用いて水俣病を語り継いでいく活動を進めている。 職業:株式会社ミナコレ代表取締役』。一般社団法人水俣病を語り継ぐ会の代表理事・吉永理巳子、理事・吉永利夫所在地(熊本県水俣市明神町1-14)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「同和」「金」「いいです」と伝えられました。やはり同和工作員の役割のようです。

 

水俣病経験の普及啓発セミナーのプログラムに『1450~ 講演「水俣の伝え方~これまでとこれから~」奥羽香織氏(一般社団法人水俣・写真家の眼 プロジェクトコーディネーター)』と記されている「一般社団法人水俣・写真家の眼 」に移りました。水俣・写真家の眼の説明は公式サイトに記載されています。『[MISSION]一般社団法人水俣・写真家の眼は、水俣を記録した写真家のフィルムやプリントの保存と活用を目標に活動をしています。[参加メンバー]水俣・写真家の眼のプロジェクトに参加している写真家を紹介します。

 

アイリーン・美緒子・スミス 芥川仁 石川武志 北岡秀郎 桑原史成 小柴一良 塩田武史 田中史子 宮本成美』。公式サイトによると、一般社団法人水俣・写真家の眼の代表理事は、芥川仁です。経歴はwikiに記されています。『芥川仁(あくたがわじん・1947- )は愛媛県今治市出身の写真家。1992年に写真集「輝く闇」で宮日出版文化賞を受賞。日本写真家ユニオン設立発起人。日本写真家協会会員。[経歴]1947年、愛媛県今治市に生まれる。1966年、宮崎県立宮崎南高等学校卒業。1970年、法政大学第二社会学部卒業して以降、フリーランス写真家として活動。伊豆大島に5年間、水俣市で2年間を過ごす。

 

1980年から宮崎市在住。1992年に写真集「輝く闇」で宮日出版文化賞を受賞。2001年、日本写真家ユニオンの設立発起人となり、同ユニオンの立ち上げに関わる。2012年、株式会社芥川仁を設立した』。他のワーク対象として参加メンバーの中からアイリーン・美緒子・スミスを選びました。経歴はwikiに記載されています。『アイリーン・美緒子・スミス(1950-)は、日本の写真家、通訳者、環境ジャーナリスト。環境市民団体グリーン・アクション代表。旧姓スプレイグ。元夫で米写真家のユージン・スミス(1918-1978)と水俣で3年間生活をしながら水俣病の被害を撮影。

 

1975年に写真集「MINAMATA」をユージンと出版し、実態を世界に告発した。写真の著作権管理組織アイリーン・アーカイブを主宰。[人物]米国人の父と日本人の母の間に東京で生まれた。米スタンフォード大学在籍中の1970年、日本の富士フイルムのCM制作に通訳兼コーディネーターとして携わり、CMに出演したユージン・スミスと出会う。ユージンから仕事の支援を頼まれ、1971年に結婚。2人で日本に移り、水俣で暮らしながら取材を開始。通訳を務めながら、ユージンの指導で自らも写真を撮影した。水俣病の患者や家族の日常、原因企業チッソと闘う人々の姿を写した夫婦共作の写真集「MINAMATA」を1975年に米国で出版。

 

(1980年に日本語版)。水俣病を世界に知らしめた。ユージンの死後、米コロンビア大学で環境科学修士。1980年代から反原発運動を展開。1991年、グリーン・アクションを設立。環境保護活動を続けている』。これまでの調査とワークから有名な写真家は、工作員の役割を担っている場合が多いです。目に見える写真を通して真実を隠すことが可能だからです。一般社団法人水俣・写真家の眼は、一般社団法人水俣病を語り継ぐ会から派生した団体であり所在地は、水俣病を語り継ぐ会と同じ「熊本県水俣市明神町1-14」です。アイリーン・美緒子・スミスは、元夫で米写真家のユージン・スミスと共に水俣病を世界に広める役割のようです。

 

一般社団法人水俣・写真家の眼の代表理事の芥川仁、参加メンバーのアイリーン・美緒子・スミス、プロジェクトコーディネーターの奥羽香織に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「術師」「DS」「工作員」と伝えられました。水俣病経験の普及啓発セミナーのパネリストである小泉初恵(一般財団法人水俣病センター相思社)清水万由子(龍谷大学政策学部教授)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「同和」「金」と伝えられました。支配層の大規模工作と推測する水俣病の周囲には、同和の手法である弱者支援を看板にして、金などの利益を得るために数々の工作組織がつくられ、多くの工作員が活動していることが分かります。(つづく)