Yuzuki_headoffice


いわき信用組合の非常勤理事に就く清水淳子は、蒲鉾会社・夕月(ゆうづき)です。「株式会社夕月」の調査とワークを進めました。夕月の情報はwikiに記載されています。『株式会社夕月(ゆうづき)は、福島県いわき市に本社を置く、蒲鉾の製造を行う企業である。[歴史]前身となるマルヤス水産は、1951(昭和26)に、ベーリング海やオホーツク海の北洋漁業の一大拠点であった福島県の江名港の北側で、干物の加工・販売業として創業した。その後江名港近くに移転し、蒲鉾の製造を始める。1955年には、現在の本社所在地である泉に移転した。

 

後発メーカーではあったが、味が評価され築地市場に卸されるようになり、東京でも販売された。当初は石臼で練った原料を蒸籠で蒸す製法で作っていたが、売り上げの拡大に伴い洋上すり身を原料とした機械化を図ることとなった。大量生産が可能なリテーナ成形法を導入することとしたが、常磐地方にはこの製造法を持つ企業がなく、2代目社長の四家栄安が新潟県のメーカーに視察に行き、実現にこぎつけた。19635月に、「株式会社夕月」設立。1960年代は核家族化が進んだことから、従来は250gが一般的だった板付き蒲鉾を少人数の家族向けに150gにサイズ変更し、低価格化を図った。

 

これが功を奏し、売上が大幅に拡大した。19724月からフジテレビ系で放映されたテレビアニメ「赤胴鈴之助」への番組提供は、さらなる売上と知名度の拡大に寄与した。1992年にはかに風味かまぼこの生産を開始。2002年には、贈答品向けのプレミアムブランド「美味一膳」を始動した。福島県から宮城県にかけての沖合は黒潮と親潮がぶつかる好漁場として知られ、福島県では1950年代より豊富に水揚げされた白身魚を原料とした蒲鉾の生産が盛んになった。一時期は、のちに高級魚とされるキチジを原料に使うほどでもあり、食品経済社が発行する2007年版蒲鉾年鑑ではいわきを中心とする福島県が包装かまぼこの生産量全国一となった。

 

2011311日に発生した東北地方太平洋沖地震では生産設備の損壊は免れたものの、中之作港にあった冷蔵倉庫の津波の被害と、工場の断水により操業停止を余儀なくされた。震災当日に出荷できなかった10万本の蒲鉾は手分けして被災者に配られた。生産停止の間、他県の大手メーカーの増産により小売店の陳列スペースを奪われる事態にもなり、いわきでは廃業する蒲鉾メーカーも相次いだ。夕月は東京電力福島第一原子力発電所事故の影響も考慮し、関東地方に生産の場を求め、茨城県常総市で売りに出されていた、油揚げなどを製造していた工場を買収。

 

しかし、いわきの工場は2か月ほどで生産再開できることとなり、活用策として本きくらげの栽培を行った。2019年に、二代目社長の四家栄安の次女である清水淳子が社長に就任。 2020年には直売店を「夕遊庵」にリニューアルし、非公式ご当地キャラクター「いわき七浜イケメンプロジェクト」とコラボレーションを開始』。夕月の前身・マルヤス水産の創業者は、四家栄安(しけえいやす)です。夕月の代表取締役・清水淳子の父親でいわき信用組合の7代目理事長(2001-2004)でしたが急逝しています。こうした状況から、いわき信用組合と夕月は、いわき市の地域の支配層の松利権が伴う松システムで深く絡んでいたと見ています。

 

夕月の創業者・四家栄安と現代表取締役の清水淳子はワーク済です。㈱夕月の専務取締役・奥野高士本社所在地(福島県いわき市泉町滝尻松原55)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「統一」「いいです」と伝えられました。やはり社長と同様に、支配層・八咫烏亀派の胴元工作組織・統一教会の工作員の役割を担っているようです。いわき市を中心とする福島県が包装かまぼこの生産量全国一となったこともあり、夕月は福島県の蒲鉾業界の中心でした。wikiの「広告」の欄に『1970年代より、夕方のアニメーション番組などにテレビコマーシャルを放映。

 

CMソングの作詞・作曲は三晃社が担当し、2代目若乃花や浜木綿子らが出演した』とあります。私も夕月の"ゆうゆう夕月たべましょう"というCMソングをおぼろげに覚えていました。ネットで探すと《夕月かまぼこ-ニコニコ動画》に相撲力士の若乃花が風呂に入って歌っている動画がありました。いわき信用組合の巨額不正融資問題において、融資先で反社とされるのが「鈴建グループ」です。いわき信用組合が、いわき市内で土木建築業、不動産業、温泉施設運営などを手掛ける「鈴建グループ」に20年間で少なくとも247億円を不正融資していました。「鈴建グループ」を追跡していきました。

 

「鈴建グループ」についての纏まった情報はネットで見つかりませんでしたが、《新聞・テレビが報じない「いわき信組」【巨額不正融資問題】の根幹》で開示された以下の情報があります。『[鈴建グループ一覧]①㈱太平洋健康センター(1991年設立、氏家幸夫社長/いわき蟹洗温泉、平ビューホテルの運営) ②合資会社鈴建工業(1965年設立、鈴木仁弼代表社員/建築業、ビル関連メンテナンス業) ③鈴建開発㈱(1974年設立、鈴木喜久子社長・平ビューホテルの底地の所有・賃貸) ④太平ホテル事業㈱(1993年設立、鈴木喜久子社長/平ビューホテルの建物の所有・賃貸) 

 

⑤㈲東北ネットワークサービス(1968年設立、氏家幸夫社長/いわき蟹洗温泉の底地の所有・賃貸 ⑥㈲勿来綜合開発(2001年設立、松本康二社長/勿来温泉関の湯の土地建物の所有・運営)』。また、「合資会社鈴建工業」を頂点とする「鈴建グループ」についてAIアシスタントで検索すると《Yahoo!検索 AIアシスタント》の情報が出て来ました。『〈事業内容〉建設業を営んでおり、土木工事、河川工事、トンネル工事、橋梁工事、土地造成工事、下水道管埋設工事、治山工事などを手掛けています。また、屋上緑化や壁面緑化といった環境保護に関する事業も行っています。

 

〈所在地〉福島県いわき市平字新川町24にあります。最寄り駅はいわき駅で、徒歩圏内です。法人情報: 法人番号は4380003001111で、2015105日に指定されました。[鈴建開発株式会社]〈事業内容〉不動産業を営んでいます。所在地: 合資会社鈴建工業と同じく、福島県いわき市平字新川町24にあります。営業時間・定休日: 営業時間は10:00から17:00で、毎週日曜日が定休日です。[鈴建グループについて]いわき市の「鈴建グループ」は、上記で述べた合資会社鈴建工業や鈴建開発()など、複数の企業で構成されているグループを指すようです。かつては温泉施設を運営する会社なども含まれていました。

 

この鈴建グループは、以前いわき信用組合(いわき市小名浜)から巨額の不正融資を受けていたことが報道されています。20043月から202410月までの間、いわき信用組合の当時の幹部が主導し、ペーパーカンパニーを使った迂回融資や、預金者に無断で作成した偽造口座による無断借名融資などにより、少なくとも1293件、総額247億円もの不正融資が行われたとされています』。《新聞・テレビが報じない「いわき信組」【巨額不正融資問題】の根幹》の情報から「鈴建グループ」の実質トップは、合資会社鈴建工業(1965年設立)の代表社員の「鈴木仁弼(現在93)」と見ています。鈴木仁弼に関する経歴・顔写真などの有用情報はネットでは見当たりませんでした。

 

しかし、「鈴木仁弼」でネット検索すると特許情報の《田七人参含有の味噌調味料、及びその製造方法》を見つけました。『発明者: 鈴木仁弼 出願人/特許権者: 株式会社太平洋健康センター 代理人 (1): 水野 博文 公報種別:公開公報 出願番号(国際出願番号):特願2000-270493 公開番号(公開出願番号):特開2002-085004 出願日: 20000906日 公開日(公表日) 20020326日 要約:【要約】【課題】食味や食感に抵抗がある田七を意識させることなく食させると共に、日常の食材として、又は味噌調味料として広く定着させる田七人参含有の味噌調味料、及びその製造方法を提供するものである。

 

【解決手段】田七人参含有の味噌調味料は、味噌を主成分とする調味料に、粉末状にした田七人参を所定比で混合させたことを特徴としている。そして、かかる田七人参含有の味噌調味料の製造方法は、味噌製造工程の熟成工程において、粉末状にした田七人参を、所定比で添加して混合し製造したことを特徴としており、または味噌製造工程の熟成後において、粉末状にした田七人参を、所定比で添加して混合させたことを特徴としている』。出願人/特許権者の株式会社太平洋健康センターは、「鈴建グループ」の傘下企業です。

 

発明者の鈴木仁弼は、合資会社鈴建工業(1965年設立)の代表社員の鈴木仁弼だと思います。直感的に、上記の味噌調味料については、松果体成分を配合している物の可能性を感じます。味噌・醬油・黒酢などに、いわゆる"松カス(松取りの廃棄物)"を添加した発酵食品の類だと捉えています。合資会社鈴建工業の代表社員・鈴木仁弼、本社所在地(福島県いわき市平字新川町24番地)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「中国。反社」「いいです。アジト」と伝えられました。やはり裏世界の反社・サンカ・同和に通じる工作員の役割のようです。(つづく)