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大手旅行会社の㈱JTBが、支配層にとって、非常に大きな影響力を持つことが日本の旅行会社売上ランキングからも分かります。《旅行会社取扱額(売上高)ランキング|旅行会社研究所》には、旅行会社取扱額ランキング(国内・海外総計・2022年度)が掲載されています。『1 JTB 12116億円 2 KNT-CT 2930億円 3位 日本旅行 2576億円 4位 東武トップツアーズ 1685億円 5位 阪急交通社 1545億円 6 HIS 1468億円 7 JALパック  1173億円 8 ANA X 749億円 9 JR東海ツアーズ 712億円 10位 名鉄観光サービス 637億円』。1JTBの売上12116億円は2 KNT-CT4倍以上です。

 

JTBは日本の旅行業界で断トツ規模の旅行会社なのです。「KNT-CT」は、正式には、KNT-CTホールディングス株式会社であり、近鉄グループホールディングス傘下の旅行業に係る企業を統括する持株会社です。大手旅行会社の近畿日本ツーリストやクラブツーリズムなどを傘下に置いています。どうしてJTBが旅行業界のガリバーになったのか、その歴史を紐解く必要があります。JTBの情報はwikiに記載されています。『株式会社JTBは、日本の旅行会社で、JTBグループを統括する事業持株会社である。本社は東京都品川区にある。1963年に財団法人日本交通公社の営業部門を分割・民営化し、株式会社日本交通公社として発足した。

 

現社名のJTBは、財団法人日本交通公社設立以来の英語名称であるJapan Travel Bureauの頭文字であり、財団法人時代から略称として使用していた。旅行業界では日本最大かつ世界有数の事業規模を有する企業である。旅行業本体は日本国内や欧米諸国が中心で、近年は海外新興市場(BRICSASEAN諸国)において、新中間所得層向けに旅行需要の発掘と旅行販売を始めている(2011年には、中華人民共和国でJTB現地法人が外資系旅行会社として初めて海外旅行販売の許可を得た)。また、現地の法人向けに日本国内と同様の会議・イベント等のコンサルタント等も行っている。

 

日本国内では、パッケージツアー「ルックJTB(海外旅行)、「エースJTB(国内旅行)、「旅物語」(メディア型直販商品、海外旅行・国内旅行)に代表される旅行業のほか、時刻表(JTB時刻表」など)や旅行雑誌「るるぶ」などの出版業(現在はJTBパブリッシングに分社)をはじめ、旅行業以外にも、不動産、金融、情報サービスなど様々な事業を統括している。近年は旅行業で培ったノウハウによる地域活性化事業、ふるさと納税事業、法人向けソリューション事業、ソーシャルビジネス、グローバル事業などを手がけ、業界の枠をこえたM&Aや事業投資も積極的に行うなど、全体の事業ドメインを旧来の総合旅行業から交流創造事業に転換している。

 

持株会社となり、地域会社を業務を移行した後も旅行業登録(観光庁長官登録旅行業第64)をしており、JRの乗車券類委託発売指定はJTBとして受けていた。現在では地域会社を本体に再統合している』。JTBは、19123月に任意団体として設立された「日本交通公社」が源流です。194212月に法人となり、196311月に 財団法人日本交通公社の一部であった営業部門を「株式会社日本交通公社」として分離・完全民営化されました。JTBは、JRNTTJT等と同様に、実質的に"親方日の丸"の国営企業が源流である故に、日本の旅行業界で巨大な規模を有しているのです。

 

JTBの役員一覧は公式サイトに掲載されています。取締役会長・髙橋広行、代表取締役社長執行役員・山北栄二郎、代表取締役専務執行役員・大塚雅樹の3人をワーク対象に選びました。JTBの取締役会長・髙橋広行の経歴はwikiに記載されています。『高橋広行(1957-)は、徳島県出身の実業家。JTB取締役会長、日本旅行業協会会長。[人物・経歴]1979年関西学院大学法学部卒業、日本交通公社(JTB)入社。高松支店長、広島支店長等を経て、2010年取締役旅行マーケティング戦略部長に昇格。2012年常務取締役兼JTB西日本代表取締役社長。2014年から2020630日までJTB代表取締役社長を務め、同年71日より現職。

 

海外展開の強化や訪日外国人旅行客への対応などを進めた。日本観光振興協会副会長、日本イベント産業振興協会副会長、日本旅行業協会会長も務めた』。JTBの会長は徳島出身でした。JTBの取締役会長・髙橋広行に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「アーク」と伝えられました。アークの宇宙人が憑く工作員の役割のようです。JTBの代表取締役社長執行役員・山北 栄二郎の経歴はwikiに記されています。『山北栄二郎(1963-)は、福岡県出身の実業家。株式会社JTB社長。[来歴]福岡県立福岡高等学校を経て、1987年に早稲田大学第一文学部を卒業後、日本交通公社に入社。

 

営業や経営企画畑等を歩み、本社経営企画室等を経て、旅行事業本部グローバル戦略担当部長、JTB欧州代表、常務執行役員など、海外戦略を推進。ツムラーレ・コーポレーション社長、トラベルプラザ・ヨーロッパ社長、クオニイ・トラベル・インベストメント会長など経営のトップを歴任し、20206月より現職』。JTBの代表取締役専務執行役員・大塚雅樹の経歴は《HMV&BOOKS online》に記されています。『株式会社JTBモチベーションズ取締役事業部長。1961年東京生まれ。86年明治大学法学部法律学科卒業、同年JTB入社。東京新宿支店に配属。

 

企業向けインセンティブトラベル(報奨旅行)を、「いかにして参加者が達成感のある旅行ができるか」をテーマに販売する。91年社内公募にて、本社市場開発室に異動。モチベーション・ビジネスの事業開発に参加。同時に、ワーク・モチベーションの研究を始める。93年株式会社JTBモチベーションズ設立。同社へ出向。96年やる気分析システム「MSQ」を商品化』。JTBの代表取締役社長執行役員・山北栄二郎、代表取締役専務執行役員・大塚雅樹本社所在地(東京都品川区東品川二丁目311JTBビル)に闇の解除・統合を意図して各々に光を降ろすと「創価」「創価」「いいです」と伝えられました。

 

JTBの社長、専務は支配層の創価工作員の役割のようです。最後に徳島県の表の支配層のトップである徳島県知事の「後藤田正純(ごとうだまさずみ・1期目)」を追いました。徳島県知事・後藤田正純の経歴はwikiに記載されています。『後藤田正純(1969-)は、東京都多摩市出身の政治家。自由民主党所属。徳島県知事(公選第21)。無所属。内閣府副大臣(2次安倍内閣)、内閣府大臣政務官(3次小泉改造内閣)、衆議院東日本大震災復興特別委員長、同決算行政監視委員長、衆議院議員(8)、自由民主党組織運動本部長代理、同政務調査会長代理、同報道局長、同副幹事長、同徳島県支部連合会会長などを歴任。

 

妻は女優の水野真紀。大叔父は警察庁長官、内閣官房副長官(事務担当)、内閣官房長官、法務大臣を歴任し、徳島県全県区選出の衆議院議員だった後藤田正晴。[来歴]〈生い立ち〉後藤田は、東京都多摩市に医師の後藤田圭博と晃子の次男として生まれた(現住所は徳島県阿南市見能林町)1988年に筑波大学附属駒場中学校・高等学校を卒業して、一浪し慶應義塾大学商学部に入学する。大学時代は村田昭治のマーケティングのゼミに所属した。将来、政治家になることを考え、大叔父・後藤田正晴の秘書として選挙を手伝う。1993年に慶應義塾大学商学部卒業後、三菱商事に入社し、鉄鋼などに携わった。

 

1998年、三菱商事を退職』。徳島県知事・後藤田正純は、支配層の中核を成す三菱グループの三菱商事の出身でした。内務官僚出身で官房長官として中曽根政権を支え"カミソリ後藤田"と呼ばれた頭のきれる政治家の後藤田正晴の親族です。妻は女優の水野真紀で、若い頃は"政界のプリンス"と呼ばれました。徳島県知事・後藤田正純に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「松喰い」と伝えられました。自ら松を食す支配層の工作員の役割のようです。四国には、本来、大きな自然(精霊)の光が放たれる剣山石鎚山、レムリアのエネルギーが残る足摺岬などの重要な光の地でした。

 

しかし、松利権が絡む祭祀や藍染めを広めた忌部氏などの渡来人の支配層によって、暗闇にされてきました。それが、現在の支配層による観光と結びついた大規模イベント工作となる祭典である「阿波踊り」に繋がっています。大勢の人々を集めて、裏の松利権工作を継続してきたのです。個人的には、阿波踊りの「あわ」は食糧となる植物の「粟(あわ)」だと感じます。粟は、天皇などの権力者に献上する松取りの源流の「生贄(いけにえ)」の意味があると見ています。支配層の裏工作が終焉して、阿波踊りの中心地の四国徳島の地が本来の光の姿に戻ることを願っています。(おわり)