
《J-STAGE セメント・コンクリート論文集》に掲載された『CaCl2の添加がエーライトの水和反応に及ぼす影響』の論文の著者には、粟村友貴(北海道大学 大学院工学院環境循環システム専攻)ともう1名の名和豊春(北海道大学 大学院工学研究院環境循環システム部門)がいました。「名和豊春」を調べるために「名和豊春×北海道大学」のワードでネット検索すると、インデックス表示に驚きました。名和豊春は、北海道大学の前総長(第19代総長)でした。名和豊春の経歴はwikiに記載されています。『名和豊春(なわとよはる、1954年(昭和29年)- )は、北海道三笠市出身の工学者。学位は博士(工学)(東京工業大学)。
専門は建築学、土木工学。第19代北海道大学総長。日本コンクリート工学会賞、土木学会吉田賞等受賞。さくらサイエンスプログラム・顧問委員会・元日本委員。[人物・経歴]1973年北海道岩見沢東高等学校卒業。1977年北海道大学工学部建築工学科卒業。1980年北海道大学大学院工学研究科建築工学専攻修士課程修了、秩父セメント株式会社入社、中央研究所勤務。1992年東京工業大学より博士(工学)の学位を取得。博士論文は「分散剤を用いたモルタルの流動性に及ぼすセメントのキャラクターの影響」。1997年北海道大学大学院工学研究科助教授。2004年北海道大学大学院工学研究科教授。
2007年独立行政法人日本学術振興会学術システム研究センター研究員。2010年北海道大学教育研究評議会評議員、北海道大学大学院工学研究院副研究院長。2014年北海道大学大学院工学研究院長・工学院長・工学部長。2017年北海道大学総長。2018年11月、パワーハラスメントの疑いがあるとして北海道大学学長選考会議(議長:石山喬)が調査委員会を設置。同年12月10日、体調不良を理由に大学を休職。2019年2月に退院したものの、復職を大学当局に拒否された。2019年7月8日、学長選考会議が学長解任に相当とするとの結論を出したことを受け、弁護士を通じてパワーハラスメントを否定するコメントを出した。
2020年6月29日、同月30日付で文部科学省から国立大学法人法に基づき北海道大学学長を解任する趣旨の通知を受け取ったことを本人が明かした。30日、萩生田光一文部科学大臣から名和の北大学長解任が発表された。12月10日、名和は国と北大を相手取り、解任処分の取り消しや計約1500万円の損害賠償を求め、札幌地方裁判所に提訴した。教育問題を扱うジャーナリストの田中によれば、名和が防衛装備庁の研究から撤退したことや、加計学園の獣医学部新設に反対したことが解任の背景にあると指摘されている。
2024年3月13日、札幌地裁は「原告の非違行為は多岐にわたり、学長に適していないとの判断は正当だ」として、名和の請求を棄却する判決を言い渡した。[受賞]・1989年-セメント協会論文賞(化学部門)・1990年-日本コンクリート工学協会優秀講演賞
・1993年-日本コンクリート工学協会優秀講演賞 ・2000年-セメント協会論文賞(建築部門)・2008年-日本コンクリート工学協会功労賞
・2009年-土木学会吉田賞(論文部門) ・2011年-土木学会吉田賞(論文部門) セメント協会論文賞(建築部門) 北海道開発協会長奨励賞 ・2012年-セメント協会論文賞(化学部門)
・2013年-セメント協会論文賞(化学部門) 日本コンクリート工学会賞(論文賞) ・2015年-セメント協会論文賞(化学部門)』。名和豊春の経歴で目を惹くのは、北海道大学大学院工学研究科建築工学専攻修士課程修了して、「秩父セメント株式会社」に入社して中央研究所に勤務していた点です。支配層の松利権が絡むセメント・コンクリートを製造しているセメント会社の本社・工場・営業所は、松利権の工作拠点となります。名和豊春は、数々の賞も受賞しており、支配層の裏の力をバックにして、北海道大学総長の地位まで上り詰めたのだと感じます。
名和豊春が勤務経験のある「秩父セメント株式会社」は、現在の「太平洋セメント株式会社」の前身です。太平洋セメント㈱は、日本最大のセメントメーカーです。1994年に秩父セメントは小野田セメントが合併し、秩父小野田セメントとなり、1998年に秩父小野田セメントと日本セメントが合併して太平洋セメントが設立されました。太平洋セメントについては、《屋久島電工の親会社で日本最大のセメントメーカーの太平洋セメントとセメント業界の背後にある反社の影》などで既にワークを行っています。秩父セメント㈱は、渋沢栄一らによって1923年に設立されました。
《渋沢栄一と太平洋セメント》には、『大正11(1922)年8月3日、
渋沢栄一は秩父地域発展のため の開発を計画する諸井恒平らと ともに、数えで83歳という高齢 にもかかわらず秩父のセメント工場予定地の視察に出かけます。このような経緯を経て大正12(1923)年1月30日に秩父セメントが設立
されます』と記されています。秩父セメントの創業地は、石灰石の大鉱床として知られる秩父山地の秩父三山の1つである武甲山(ぶこうざん)の麓です。それ故、秩父セメント㈱は、武甲山などの秩父山地の光を封じる役目も成してきました。ちなみに、大船渡市山林火災は、セメントが絡む支配層の闇が関係しています。
2025年2月26日に発生した岩手県大船渡市の山林火災「大船渡市山林火災」は、石灰石鉱山が多く存在する大船渡市の山間部に点在する太平洋セメントの地下拠点の支配層の松工作拠点の闇を終らせる意味があったと見ています。名和豊春については、《開拓の中心拠点だった北海道大学の闇の役割の終焉》などの過去のワークで光を降ろしていましたが、再度光を降ろしました。北海道大学の前総長・名和豊春に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「色情」と伝えられました。明らかに支配層の松利権が絡む工作員の役割だったと見ています。
北海道大学総長の名和豊春は、2018年11月にパワハラ(パワーハラスメント)の疑いが浮上し最終的には、総長を解任されました。パワハラ解任問題については、内部の権力闘争などが考えられますが、後述することにします。その前に、北海道大学のセメント関連を追究することにしました。《J-STAGE セメント・コンクリート論文集》に掲載された『CaCl2の添加がエーライトの水和反応に及ぼす影響』の論文の著者の粟村友貴と名和豊春は、北大研究室の上司・部下の関係だったと見ています。2人が所属していた「北海道大学 大学院工学研究院環境循環システム部門」を追って行きました。(つづく)