
群馬県上野村-wikiの「観光地」の項目に掲載されている「生犬穴(おいぬあな・閉鎖中・国の天然記念物)」を追って行きました。生犬穴の情報はwikiに記されています。『生犬穴は、群馬県多野郡上野村にある鍾乳洞である。同村内の不二洞とともに群馬県の二大鍾乳洞とされている。1929年(昭和4年)に地元の青年たちによって発見された。多野・秩父地方の鍾乳洞の中でも代表的なものとされており、国の天然記念物に指定されている。地元には、鍾乳洞が発見される以前から、この穴がヤマイヌの住みかであったという言い伝えがあり、山犬信仰と結び付いて「おいぬあな」と呼ばれるようになったと考えられている。
発見時には、この言い伝えを裏付けるように多数のオオカミなどの獣骨が見つかっている。その後、入洞者による鍾乳石の持ち去りや持ち込んだ照明の煤で洞内が汚されるなどの被害が出たことから、現在は入口が施錠されている。[構造]秩父古生層中の石灰岩層が地下水の浸食をうけて形成された鍾乳洞である。西向きに開いた入口を入って約10メートル先で急傾斜となり、その先は地底に向かって大きく4層からなる竪穴鍾乳洞となっている。奥行は300メートルから450メートルで、奥では二股に分かれる。洞内は大きく6つに区分けされてそれぞれに日本神話や伝説などから名前が付けられている。
入口を入って手前から「高天原」・「生犬の場」・「常世の国」・「天の安河原」、その先で「珊瑚洞」・「根の国」に分かれている。[名前の由来]地元では鍾乳洞が発見される以前から4畳程度の岩室があることは知られており、この穴にはヤマイヌが住みついて繁殖の場にしていると伝えられていた。繁殖期になると、ヤマイヌが餌を探して人家の近くまで出没して家畜を襲うこともあったため、困った村人はヤマイヌが子犬を産む時期になると赤飯や餅を供えて家畜の無事を祈るようになった。その後「供え物をした年は家畜は無事で、しなかった年は必ず家畜が襲われる」と言われるようになり、毎年供え物をするようになったということである。
地元では、これを「お炊きあげ」と呼んでいる。このような言い伝えもあり、この穴がヤマイヌの住みかであると信じられてきたことから、「お犬様」信仰の対象として「おいぬあな」と呼ばれるようになったと考えられている』。上野村の鍾乳洞・生犬穴に根づいていた「お犬様(山犬)信仰」は、秩父の三峯神社の狛犬がオオカミであることからオオカミだったと感じました。ネットで調べると《狼信仰》に行き着きました。『神の使い・眷属(けんぞく)として、日本各地で今もなお崇め奉られる「狼信仰」を辿る。今回はお犬さま信仰の三峯神社。
秩父神社・宝登山神社とともに秩父三社の一社といわれる三峯神社は、秩父山地の山深いところに鎮座している。景行天皇(第12代天皇。日本武尊・ヤマトタケルの父)の時、日本武尊が東征中、雁坂峠を出たとき霧の道に迷った。そのときオオカミが現れ、日本武尊がその後を着いていくとあるところで霧が晴れ、現在の三峯神社のある山にたどり着いたという。そこで日本武尊は伊弉諾尊(イザナギノミコト)・伊弉册尊(イザナミノミコト)を祀った。この時から、オオカミは三峯の神の使い「眷属」になった。眷属とは神の意志を伝える動物の霊で、三峯神社では「御眷属様」と呼ばれている』。
2016年7月のヒプノセラピーセッションでもクライアントの方が過去世でオオカミを使役して八百万の神々や精霊を狩っていたと伝えられていました。詳細は《秩父の山で光の存在を封印していた》の記事に記されています。秩父は、重要な光の場所だったので、暗闇にするために光のエネルギー体を封じていたのです。生犬穴所在地(群馬県多野郡上野村)に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「生贄・松取り場所」と伝えられました。上野村にある群馬県の二大鍾乳洞の不二洞と同じく、生犬穴も古くから生贄・松取りが洞窟の中で秘密裏に行われており、光の精霊が闇変えられることで深い闇の地下世界(地底)に変えられたと捉えています。
次に、上野村-wikiの「地理」の項目に掲載されている山と川のエネルギーワークを行いました。具体的には「御巣鷹山(おすたかやま)」「諏訪山(すわやま)」「天丸山(てんまるやま)」「高天原山(たかまがはらやま)」と川の「神流川(かんながわ)」を対象にしました。御巣鷹山の情報はwikiに記されています。『御巣鷹山は群馬県多野郡上野村にある標高1,639mの山。[地理]秩父山地の北部、群馬県南部の上野村に位置する。すぐ南側は長野県との県境の山であり、御巣鷹山はその山から群馬県側に突き出た尾根上に位置する。そのため御巣鷹山自体は県境にかかっておらず、標高も県境の山より低いため長野県側から当山を望むことはできない。
山頂には「帝釈山」という名称の三等三角点が設置されている。盛本昌広「軍需物資から見た戦国合戦」(2008年、洋泉社)によれば、巣鷹とは鷹狩りに使う鷹の雛のことで、巣鷹を取ってきて鷹狩り用に育成する関係から巣鷹を取る山は大名によって住民の立ち入りを禁止する等の施策がとられていた。[航空事故現場]1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の際に、多くの報道で「御巣鷹山に墜落」と伝えられたことで有名になったが、実際に墜落した場所は本山ではなく、そこから南南東約1.7キロの場所にある高天原山系に属する尾根である。
事故当初は無名の場所であったが、捜査上事故現場の名称が必要になったことから、群馬県警察の依頼を受けた。当時の上野村村長であった黒沢丈夫によって、「御巣鷹の尾根」と命名されている』。高天原山の情報はwikiに記載されています。『高天原山は、群馬県と長野県の県境にある標高1,978mの山である。高天原とは神話における天の世界のことで、別名は蟻ヶ峰・ショナミの頭。長野県側では神立山(かんだてやま)と呼ぶ。[地理]秩父山地北部の群馬県と長野県の県境に位置し、群馬県側では南部の多野郡上野村大字楢原、長野県側では中東部の南佐久郡川上村大字梓山と南相木村の各一部である。
山頂には「蟻ケ峠」という名称の二等三角点が設置されている。[航空事故現場]当山の北東、群馬県側の尾根には、1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の墜落現場がある。事故当時の報道では、「御巣鷹山に墜落」と伝えられていたが、正確には「高天原山に属する尾根」である』。上野村にある御巣鷹山(標高1,639m)、高天原山(標高1,978m)、諏訪山(標高1,549m)、天丸山(標高1,506m)に闇の解除・統合を意図して各々に光を降ろすといずれも「いいです(OKです)」と伝えられました。神流川の情報はwikiに記されています。
『神流川は、群馬県および埼玉県を流れる利根川水系烏川の2次支川である。[地理]群馬県、埼玉県および長野県が境を接する三国山の北麓に源を発し北へ流れ、上野ダムにて堰き止められた奥神流湖から、後に東に流れを転ずる。途中下久保ダムによって堰き止められた神流湖から、群馬県・埼玉県の県境となる。下久保ダム直下の流域は三波石峡と呼ばれ、合流する三波川とともに三波石の産地として知られる。藤岡市のあたりから流れは緩やかになり、埼玉県に入って児玉郡上里町を流れ、同町と群馬県佐波郡玉村町の境界付近で烏川に合流する』。
三国山の北麓を源流とする神流川に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「いいです(OKです)」と伝えられました。群馬県上野村は、不二洞や生犬穴に代表される鍾乳洞が存在する場所であり、本来は光の地底(地下世界)があった場所だと感じます。重要な光の地故に、古くから生贄・松取り(松果体収穫)が秘密裏に成されて、深い闇の地に変えられてきました。大事な光がある故に、支配層が松取り工作を行うために、松工作を担うサンカ工作員が暮らす集落が形成されてきたと見ています。地下・地底での支配層の松工作は現在も引継がれています。群馬県上野村の自然や土地と人々が本来の光を取り戻すことを願っています。(おわり)