
2026年7月28日の令和8年熊本地震の後に爆発事故が発生した「イオンモール熊本」について調査とワークを行っていきました。イオンモール熊本の情報はwikiに記載されています。『イオンモール熊本は、熊本県上益城郡嘉島町に所在するイオンモール運営のショッピングセンターである。昔ながらの愛称で「クレア」と呼ばれることが多い。2026年7月28日に発生した令和8年熊本地震に伴う爆発事故により、再開時期未定の休業となっている。[歴史・概要]〈前史から開業まで〉当地は、嘉島町の街づくり基本構想において「タウンセンター」と規定される地区の一角にある。
日商岩井(現:双日)が、壽屋(現:カリーノファシリティーズ)と共に大型ショッピングセンター「(仮称)嘉島ランブラス」を建設する計画を進めている。2000年(平成12年)5月24日に翌月から着工することが発表され、同年末までの開業を目指していた。しかし、2001年(平成13年)12月19日に壽屋が熊本地方裁判所に民事再生法の適用を申請して経営破綻し、日商岩井もテナントを十分に集められなかったことから、頓挫することになった。それを受けて、2002年(平成14年)にダイヤモンドシティが当地にショッピングセンターを開設することになった。
このダイヤモンドシティによる大型ショッピングセンターの計画は、2003年(平成15年)4月9日に「(仮称)ダイヤモンドシティ嘉島ショッピングセンター」として正式に発表された。この計画発表時点で2005年(平成17年)秋の開業を目指しており、予定通り同年10月10日に開業した。なお、2005年(平成17年)7月1日には名称が「ダイヤモンドシティ・クレア」と決定され、出店内容の概要と共に発表された。また、計画段階では地元の鶴屋百貨店をはじめとした百貨店の誘致を行っており、福岡の百貨店まで対象を広げたものの出店には至らなかった。〈開業〉2005年(平成17年)10月10日に「ダイヤモンドシティ・クレア(DIAMOND CITY CLAIR)」として開業。
開業時点では、建物は地下1階・地上2階建てで延べ床面積約10万4,000m2で、「イオン九州」の総合スーパー「ジャスコクレア熊本店」と、1階に、アンビオンスプラス、2階にスポーツオーソリティが入る2つの核店舗の間を全長約280mのモールになった専門店街で繋いだ、いわゆる「2核1モール」の形式のショッピングセンターであった。この専門店街には、準核店舗として蔦屋書店や8スクリーンのシネマコンプレックスのワーナー・マイカル・シネマズも入居しており、約160店舗で構成されていた。〈改装や増設〉開業から約2年半後の2007年(平成19年)4月13日には早くも大規模な増床に向けた届出を行い、規模の拡大に乗り出した。
この計画は、既存棟の増築(店舗面積:約7,282m2)や駐車場となっている既存棟東側に、家電量販店や雑貨店などの入る2階建て(店舗面積:約8,100m2)と、スポーツ施設や温浴施設が入る平屋建て(店舗面積:約3,290m2)の2棟の新設を2007年(平成19年)9月に着工して、2008年(平成20年)3月下旬の開業予定としていた。しかし、店舗面積は2013年(平成25年)12月時点でも約51,936m2と2008年(平成20年)版の「週刊東洋経済
臨時増刊 全国大型小売店総覧 2008年版」と全く同一であり、開業時(週刊経済では店舗面積52,000m2)のままとなっており、この計画による物販店舗の店舗面積の拡大は実現していない。
そのため、2011年(平成23年)11月18日に31店の新規テナントを導入して新装開業したのが、開業から初めての大規模な改装となった。この新装開業時には、「イオンモール熊本クレア」から「イオンモール熊本」に名称の変更も行っている。〈核店舗のリニューアル〉2026年(令和8年)6月13日には核店舗のイオン熊本店が約10年ぶりに全面リニューアル。新規売場・商品の導入や配置見直しなどが行われたほか、核店舗内専門店として、1階に地元熊本県の銘菓である「お菓子の香梅」が、2階には九州初進出となる室内遊び場「のびっこジャンボ」が新規出店した。
〈令和8年熊本地震及び爆発事故〉令和8年熊本地震が発生した2026年7月28日、地震後の17時46分27秒ごろに爆発が発生した。地震の影響で施設内のLPガス配管が何らかの要因で損傷し、漏れて滞留したガスに着火した可能性が高く、建物の2階部分が崩落する大規模な二次的災害が起こったこの爆発事故で少なくとも7人の死亡と26人の負傷者が確認されている』。イオンモール熊本は、熊本地震後の爆発事故が起きる約1ヶ月半前の2026年(令和8年)6月13日に全面改装を行っていました。色々な意味で、物理的な仕掛けを施すことが可能だったと感じます。wikiによると、イオンモール熊本の施設の所有者・管理者は「イオンモール株式会社」です。
イオンモール㈱の情報はwikiに記されています。『イオンモール株式会社は、千葉県千葉市美浜区の幕張新都心に本社を置く、ショッピングセンター事業を展開・運営する企業である。商業ディベロッパーとしては日本屈指の規模である。コーポレートメッセージは、「ひとも、まちも、きらきら」。[沿革]・1911年(明治44年)11月12日-生糸商・岐阜繭糸株式会社(ぎふけんし)として創業。・1970年(昭和45年)5月28日-ジャスコ株式会社(現・イオン)に買収される。・1989年(平成元年)10月-イオン興産株式会社に商号変更し、ショッピングセンター事業へ進出する。・1992年(平成4年)11月28日-青森県西津軽郡柏村(現・つがる市)にSC1号店であるイオン柏ショッピングセンターを開業。
・2001年(平成13年)6月21日-イオンモール株式会社に商号変更。・2025年(令和7年)3月1日-同日付で横浜市中区の複合施設「横浜ワールドポーターズ」の管理・運営及び開発を担う横浜インポートマートを吸収合併、これにより同社は解散となり、同日以降の管理・運営及び開発は当社が承継。7月1日-イオンとの株式交換により、同社の完全子会社となった』。イオンモール株式会社の源流は生糸商の「岐阜繭糸株式会社」です。《キタイシホン》には、『1911年11月岐阜県神田町において「生糸・まゆ・山海の産物・果物等の売買または委託仲立ち」を目的とした「岐阜繭糸株式会社」を設立する」と記されています。
イオンモール㈱と岐阜繭糸㈱は、一見、異業種で畑違いと思われますが、実は裏の松利権で繋がっているのです。《馬と糸を伝って降りる子猫の夢から繋がった養蚕・製糸業の松取りの闇が潜む札幌市中央区の桑園地区》などの記事にありますが、古くからの養蚕業・製糸業は、裏に松取り(松果体収穫)の闇が潜んでいます。製糸工場は、労働者である女工を犠牲にした支配層の松利権拠点となってきました。群馬県富岡市にある世界遺産の富岡製糸場は、象徴的な建物です。支配層の創価の中核的存在だった片倉財閥が深く関わっています。現在のイオンモール㈱はイオングループのショッピングセンターを運営する会社です。
ショッピングセンターは、子どもを含めた多くの人々が集まる場所であり、"人集め子どもさらい"という、支配層の松利権が関わる工作拠点になるのです。現在は、支配層によって、観光における大規模な祭典や花火大会が催されて、多くの人々を集める工作が成されています。古くからの神社の祭など支配層は、多くの人々を集めるための催事を生み出してきました。昔からの支配層の松工作としての養蚕・製糸業は、大事な水の場所という光の地で行われてきました。水の光を闇に変えて深い闇の場所に変えるのです。その意味では、熊本や岐阜は大きな光が反転して大きな闇のエネルギーのある場所であり、支配層はこの大きな闇を利用してきたとも言えます。(つづく)