「津軽海峡」は、北海道南端と本州北端(青森県)との間にあり、日本海と太平洋とを結ぶ海峡です。伴侶は、幼少期に津軽海峡を渡る「青函連絡船」に幾度も乗ったことがありました。
伴侶にとって縁の深い場所でした。津軽海峡についてネットで調べていくと「津軽要塞(つがるようさい)」がヒットしました。津軽要塞は、津軽海峡を守備範囲とした大日本帝国陸軍の要塞です。
津軽海峡の中央部は公海であり、外国船舶の通航に利用される国際海峡とされます。そのため、軍事上の要衝でありチョークポイントのひとつに数えられています。
太平洋戦争終戦までは、海峡の海上閉鎖を目的とした津軽要塞があり、各砲台への軍事物資や兵員輸送目的の鉄道建設が行われていました。津軽海峡は軍都の闇で封じられており、光を降ろす必要があると感じました。
現実的には、津軽要塞は、函館要塞とセットのようでした。まず、函館要塞から解除することにしました。函館も伴侶にとっては昔の居住地であり、縁ある場所でした。
函館山周辺にある函館砲台跡、千畳敷砲台、立待保塁を意図して光を降ろしました。続いて、司令部跡としての千代台公園に光を降ろしました。「いいと思います」と伴侶が伝えて来ました。
次に、津軽要塞としての大間砲台、トーチカ跡などの大間周辺に光を降ろしました。「光は入りました」と伴侶が言いました。さらに、津軽海峡に光を降ろしました。
「首の血の巡りが良くなった感じ」と伴侶が教えてくれました。最後に伴侶がの首を意図して光を降ろすと「上と下で行き来が出来るようになった」と伝えて来ました。
津軽海峡は、日本列島の首であり、自然豊かな北海道の光を本州に流すための要所と感じます。光を通さないために要塞という軍都の闇を置いたのです。津軽海峡が開き、日本に光が広がって行くことを願っています。
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