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1995年(平成7年)1月17日(月)、阪神淡路大震災が起こりました。その日の5時46分、兵庫県の淡路島北部沖の明石海峡の深さ16kmを震源として、M7.3の兵庫県南部地震が発生しました。
強い揺れや火災で全半壊した住宅は約25万棟以上に上りました。高速道路が横倒しになり、新幹線の高架橋も落ちました。死者は6434人、負傷者は約4万4千人に達しました。
大けがで後遺症が残った「災害(震災)障害者」も少なくとも約350人はいるといいます。阪神淡路大震災から時の経つのが早く、25年もの時間が経過しました。
当時、私は横浜在住のサラリーマンでした。子会社に出向の身で、営業も兼務していました。その週に大阪や神戸を回る関西出張を予定していましたが、キャンセルになりました。
神戸市魚崎にあった会社の独身寮が倒壊して、入居していた同期が命からがら避難したという話を聞いた記憶が残っています。阪神淡路大震災関連のニュースを幾つか読みました。
《阪神・淡路大震災がもたらした「正の遺産」とは》(2020/01/17 05:33 ウェザーニュース)の記事には、「ボランティア元年」などの7つの「正の遺産」をピックアップしています。
「正の遺産」とは、「後世に残すための大切なもの」と言えると思います。私たちが「大震災」を経験するのは何のためなのか、ということに繋がります。
人は、現実世界に生きていると、目に見える形あるものを優先するようになります。例えば、綺麗なものや華やかな人工物、利便性や効率性を追求して行きます。
その反面、目に見えない大切なものを忘れてしまうようになります。大震災のような出来事は、地球や自然を大事にすることなど、光を思い出すための機会だと感じます。
「闇は光に向かうためのもの」です。何故、闇の経験が必要なのかは、「良い方向に変わる必要があるから」だと思います。自分が幸せに成り、良い社会にしていくためです。
皆が幸せに成ることが、犠牲になった人たちへの恩返しであり、本当の鎮魂だと感じます。震災で命を終えた人たちの御魂が光に還り、日本に光が広がって行くよう祈りたいと思います。