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「演習林」については、初め、帝国大学の林学研究教育の目的で設置されました。研究・教育のためには、樹木の伐採や人が森に入るための道や家屋などの建設して行きます。

 

手つかずの自然豊かな森が、人間の手で開発されて行くことになります。人間の視点では「森を開く」ためのものでも、自然の視点からは「森を閉じる」ことに繋がります。

 

歴史的には、東京帝国大学(東京大学)が先行して演習林が移管され、九州帝国大学(九州大学)、京都帝国大学(京都大学)が後発で演習林が移管されてました。

 

帝国大学の演習林は、教育・研究目的以上に財政基盤として大きな役割を持っていた事実があります。演習林について、ネット検索していくと「全国大学演習林協議会」という組織団体がありました。


1951年に設立され、北海道から沖縄まで全国の国公私立27大学が加盟しています。サイトから全国各地の大学演習林の数を調べると合計で75箇所ありました。


例えば、京都府の芦生の森をはじめとして、北海道の雨竜沼湿原、埼玉県の秩父山地、長野県の八ヶ岳、静岡県の南アルプスなど、光の場所を封じることになります。


日本全国の7つの帝国大学を初めとして、私立大学を含めて、教育、研究目的の名目で、重要な自然の森を封じるための暗闇の仕組が作られて来たと感じます。

 

全国大学演習林協議会の代表は、東京大学、九州大学、京都大学から選出されるようでした。この3大学と、それぞれの演習林に光を降ろして行きました。

 

「同和派の闇」「米国派の闇」「中国系の同和の闇」が存在していて光に還って行きました。帝国陸軍との繋がりも感じました。また、75箇所の全国大学演習林が開かれるよう意図して光を降ろしました。

 

「OKです」と伴侶が伝えて来ました。大学組織にも光を降ろすと「シリウスの術師が還っていった」と伝えられました。そもそも大学を含めた学校は闇の役割と感じます。

 

社会を深い暗闇にするために、子供や若者の光を封印する必要がありました。全国の演習林が開かれて、本来の光の姿に戻ることを願っています。(つづく)