
三井家は、藤原道長の六男長家の五代孫が近江国に土着し、武士になったのが始まりとされます。その後、伊勢国津付近の一色へ移り、松坂近くの松ヶ島に居住するようになったとされます。
越後屋を開いた三井高利は、三井家の基礎を築き、中興の祖と呼ばれます。三井高利に光を降ろすと「光は入った。でも家紋が気になる」と伴侶が伝えて来ました。
三井家の家紋は「四つ目結(よつめゆい)」「平四つ目」と呼ばれるものです。一見して「十字を封印している」ように感じます。図形的には、白抜きの小さな四角がある黒い四角が4つ並べられています。
この白抜きの小さな四角がある黒い四角の図形を「目」と呼んでいるようで、確かに「目」に見えます。「目」は「監視」「支配」の意味があり、「十字」という純粋な闇を封じる意図があると感じます。
四つ目結の家紋に光を降ろすと「いいと思う」と伝えられました。次に、三重県松阪市にある三井家発祥の地の家に光を降ろすと「徐福のような人がいた。封じられたのかな」と伴侶が言いました。
徐福は、日本の光の場所を純粋な闇で封じた中国の秦からの渡来人で、秦氏に通じると思います。過去のワークでは、弘法大師・空海の過去世であることが分かっています。空海も純粋な闇で封じる役割の人です。
家紋から分かるように、三井家は、エゴの闇で純粋な闇を封じる役割だったと感じます。次に、越後屋があった場所を探すと、現在の日本銀行のある辺りでした。
越後屋の場所に光を降ろすと「金って感じ」と伝えられました。エゴの闇と金のエネルギーは同じです。両替商だった三井家は、金のエネルギーを統合するのに重要と感じました。
次に、三囲神社に移りました。東京都墨田区向島にある、祭神を宇迦御魂之命(うがのみたまのみこと)とする神社です。江戸に進出した三井家が守護神として崇め、越後屋の本支店に分霊を奉祀したとされます。
三囲神社は、祭神から見ると稲荷神社です。三囲神社に光を降ろすと「いいと思います。カギって出て来た」と伝えられました。越後屋に関係する闇の解除・統合で一番重要な場所だったようです。
最後に、三井住友銀行、三越伊勢丹にも光を降ろしました。越後屋は日本が輝くための封印の役割だったと思います。越後屋に関係する暗闇が開かれて光が広がって行くことを願っています。(おわり)