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3月末、「三池」という名前が記された問合せのメールが届きました。返信しましたが、その後は連絡がありませんでした。何か闇の解除のサインだと思いました。

 

これまでにも、申込みや問合せメールで音信が途絶えたメールの幾つかは、解除のサインだったことがあります。自分の中で内観すると「三池炭鉱」と感じました。


三池炭鉱の正式名は、「三井三池炭鉱」です。福岡県大牟田市、三池郡高田町(みやま市)、熊本県荒尾市に坑口を持っていた炭鉱です。江戸時代から採掘が行われて来ました。

 

1889年に、三井財閥に払下げられ、日本の近代化を支えてきた存在でしたが、1997年3月30日に閉山しました。現在でも、炭鉱関連の遺産が多数残っており、世界文化遺産として登録されています。

 

炭鉱の闇の解除は、北海道の夕張炭鉱のワークを行っていました。この時も、記事の批判を記したメールがサインでした。光を降ろすと坑道にいた闇のエネルギー体が光に還って行きました。

 

炭鉱には、人間のエゴに加えて、罪人や朝鮮人の強制労働と落盤事故が伴い、その土地が非常に深い闇になると分かっています。三池炭鉱は、1963年11月9日、炭塵爆発によって戦後最悪となる458人が犠牲となりました。

 

まず、地上に留まっている魂を上げるよう三池炭鉱全体に光を降ろすと「上がって行った」と伴侶が教えてくれました。次に、同和の闇を意図して光を降ろしました。


「夕張とは違う汚れた闇。宇宙基地みたい」と伝えられました。三池炭鉱は、あらゆる闇が入り込んだ巣窟であり、夕張炭鉱に比べて、重たい汚れた闇になっていました。

 

三池炭鉱には、1959年に三井三池争議と呼ばれる労働争議がありました。九州大学教授の向坂逸郎によって労働組合が経営側と闘争するようになり、幾度もストライキが行われました。

 

三池労組の組合員が暴力団員に刺殺される事件も起きました。同和派によって、米国派の経営陣に対して天皇派の労働者が戦う構図が作られ、裏世界の人間も動員することになったのです。

 

2つの勢力を戦わせることで、利益を得る手法を用いる同和派の勢力が拡大する時期だったと感じます。三池炭鉱の地が開かれて、本来の姿になることを願っています。