![800px-Toyama_park_okubo_area_2009[1]](https://livedoor.blogimg.jp/hibinokizuki0126/imgs/0/2/02c4f332-s.jpg)
厚労省の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の中核を担っているのが国立感染症研究所(感染研)です。感染研は、大日本帝国陸軍731部隊の闇を引継いでおり、これまでもワークを行って来ました。
満州国の731部隊は、生物化学兵器の研究のために人体実験していた部隊です。戦後も731幹部の生き残りが、米軍とともに戦後も人体実験を行っていたことが《IWJ検証レポート》で言及されています。
感染研の闇を解除・統合することが重要と感じて、今回は土地のワークを行いました。現在の感染研は東京都新宿区戸山にあり、この場所には昔、「陸軍軍医学校」がありました。
陸軍軍医学校は、旧帝国陸軍の医学系の教育機関の一つです。1989年(平成元年)7月、軍医学校跡地において、国立感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)の建設工事の際、約100体に上るモンゴロイド系人骨が発掘されました。
人骨には、銃の傷跡のある遺体や切り傷のある遺体が複数あったため、「細菌戦のための731部隊による生体実験の犠牲者ではないか」と疑惑が出て、訴訟問題になっています。
グーグルマップで感染研の場所を確認すると早稲田大学、国立国際医療研究センター病院、戸山公園などが目につきます。特に、戸山公園が気になりました。
これまでのワークで、公園は、闇のエネルギーが置かれたり、隠されたりする場合が多いことが分かっています。戸山公園について調べると、ここも軍事施設後でした。
ウィキペディアによれば、当地一帯は、江戸時代には尾張藩徳川家の下屋敷で、回遊式庭園・戸山荘がありました。明治維新後、戸山荘は明治政府に明け渡されました。
跡地には1873年(明治6年)に陸軍戸山学校が開かれ、太平洋戦争終結まで、陸軍軍医学校、陸軍の練兵場などに利用されました。戦後、軍事施設はすべて廃止されました。
1949年(昭和24年)、跡地に戸山ハイツの建設が開始されました。1954年(昭和29年)には敷地の一部を公園として整備し、「戸山公園」として開園しました。
人骨が発掘された感染研の場所、軍事施設の跡に作られた戸山公園は、暗闇の土地を示唆しています。まず最初に、戸山公園を中心とする一帯のワークから始めました。(つづく)