WTC


ヒプノセラピーセッションで、クライアントの方に質問をすると「繋がらなくなった」と言いました。誰か光に還りたい存在がいるのかを問うと「早く還してくれ」と答えて来ました。

 

光に還りたい存在は「悪魔」と名乗りました。「サタン」とも呼ばれる闇のエネルギー体です。クライアントの方とどういう関係なのかをサタンに聞くと「人体実験。切り刻む」と答えました。

 

サタンは、731部隊で人体実験している研究員についていました。助けていたのかと確認すると「躊躇しないように。石川」と伝えて来ました。その人が躊躇せずに人体実験するためです。

 

パソコンで「731部隊 石川」のワードで検索すると「石川太刀雄(いしかわたちお)」がヒットしました。石川太刀雄(1908年-1973年)は、富山県新湊市出身の医師、病理学者、医学博士です。

 

1931年に京都帝国大学医学部を卒業し、同大医学部講師を経て、大日本帝国陸軍技師として満州国にわたりました。平房(へいほう)関東軍防疫給水部本部(731部隊)第一部第六課で病理研究に従事しています。

 

流行性出血熱を発見、731部隊の研究の一端を担いました。1940年秋、731部隊の開発した細菌兵器によって吉林省農安県で流行したペストの患者の遺体57体を解剖しました。

 

その結果を1944年に論文「炎症(殊にペスト)に関する研究」にまとめました。1947年、日本内地に帰国の際、57体分のペスト解剖例の病理標本を金沢医大で押収されたといわれます。

 

これらの標本は、石川によるデータの解説(石川レポート)とともにアメリカ合衆国ユタ州ダグウェイ実験場に保管されています。1950年、日本ブラッドバンク(1964年ミドリ十字に改称)設立に参加し、株主となりました。

 

1968年、金沢大学がん研究所長に就任し、1973年、金沢大学を定年退官後、入院中に吐血し65歳で死去しました。石川の経歴から731部隊と米国との繋がりが良く分かります。


ペスト解剖例の病理標本と石川レポートが米国に渡り、その後、金沢大学がん研究所長に就任しています。731部隊の人体実験データが非常に貴重であることが示唆されます。

 

人体実験データが地位と金に引き換えられて来たと理解できます。731部隊員の戦後の処遇については《細菌戦部隊員の戦後》に記載されています。光を降ろすと、サタンは「ありがとう」と言って還って行きました。


石川太刀雄は「申し訳ない」と伝えて光に還りました。731部隊の石川太刀雄という闇の過去世が光に統合すると、クライアントの方の魂は、その分だけ大きな光になります。日本の深い闇が統合し、強く輝く光になることを願っています。