fujisan


最近、宗教の闇の解除・統合がワークのテーマに変わって来ています。基本的に、宗教は人を封じる闇の役割と感じます。自分を一番大切にすることを忘れるように外側に神仏という崇めるものを置きます。

 

宗教は、純粋で軽い闇としての青の闇から不純で重い闇としての赤の闇に変化して来ました。初めは、人が支配という純粋な闇を経験する暗闇の箱の役割でした。

 

次第に、人が金銭的な利益を得たり、欲望を満たすためのエゴの闇を経験する暗闇の箱に変わって来たのです。人がエゴによる願い事をすることで重たい大きな闇の封印に成るのです。

 

宗教は人を封じるだけでなく、宗教施設を置くことで土地も封じます。全ての宗教の中心はキリスト教であり、キリスト教の闇が、全ての宗教のベースになっていると感じていました。


日本においてはネストリウス派キリスト教(景教)が最も古いと感じます。純粋な闇としての景教は、秦氏によって神道の中に密かに広められて行きました。

 

過去のワークでは、大避神社(兵庫県)  、伊雑宮(三重県) 、明治神宮(東京都)にキリスト教の闇があることが分かっています。仏教においては、真言宗、浄土真宗、臨済宗の寺院に景教との関係がウィキペディアに記述されています。

 

個人的には、浄土真宗と日蓮宗がキリスト教の闇と深く関わっていると感じています。過去のワークでは、浄土真宗の宗祖・親鸞のエネルギー体と日蓮宗の宗祖・日蓮のエネルギー体は、光に統合したと感じていました。

 

しかし、別の親鸞のエネルギー体と別の日蓮のエネルギー体が、別々の知人の中にいて、光を降ろすことで光に還って行きました。それぞれに表と裏のエネルギー体が存在していたのです。

 

これは、キリスト教のワークでは、「黒マリア」の存在と同じです。光の役割としての表の聖母マリアと闇の役割としての裏の黒マリアです。これは「ハトの仕組」「光に見せかけた闇」と言うこともできます。

 

目に見える世界であるが故に可能となる深い闇の仕組です。具体的には、表では「清く正しく美しく」と言いいがら、裏では、汚い黒い行為をしている構図です。

 

現在、国民に暴露されつつある日本の政府や行政機関の現状と酷似しています。地表の美しい姿の富士山と富士山の地底の暗黒という対照的図柄です。光の三角形(上向き)と闇の三角形(下向き)を合わせた菱形になります。

 

三角形を正三角形にして、重ね合わせることで、光と闇の統合という正六角形(六芒星)が出来ます。六芒星は、「統(す)べる」の「すばる」の「プレアデス」を意味しています。

 

親鸞と日蓮には、いずれにも「六老僧」という6人の弟子がいたとされます。イエスキリストにも12人の使徒がいます。キリスト教、浄土真宗、日蓮宗は、分離を司るプレアデスが深く関与して来たというヒントだと感じます。(つづく)