![shitetou[1]](https://livedoor.blogimg.jp/hibinokizuki0126/imgs/d/3/d3fdc949.jpg)
今朝、目覚めた時に「異国の集団も伝えて欲しい」と要請された記憶が残っていました。何となくトルコ周辺の感覚もありました。異国の集団とは何か感じてみると「テンプル騎士団」と思いました。
5月末の光の講座で、参加者の方がテンプル騎士団の「ジャック・ド・モレー」の過去世があると分かりました。光を降ろすと過去世のジャック・ド・モレーが還っていきました。
ジャック・ド・モレー(1244年-1314年)は、第23代目テンプル騎士団総長にして、最後の総長であった人です。テンプル騎士団は、聖地から追われた後、一つの王国以上の資産を擁していました。
騎士団の財政をうらやんだフランス王フィリップ4世により、異端の濡れ衣を着せられ、異端審問のうえ有罪とされます。ジャック・ド・モレーら最高指導者たちはパリ・シテ島の刑場で火刑に処されました。
パリのセーヌ川にあるシテ島は、目玉のエネルギー体が置かれた裏インドの闇の場所だと過去のワークで分かりました。ジャック・ド・モレーは、亡くなる前にフィリップ4世とローマ教皇クレメンス5世らを呪ったとされます。
実際、1314年にフィリップ4世とクレメンス5世は急死していました。テンプル騎士団(1119年-1312年)は、中世ヨーロッパで活躍した騎士修道会で、正式名称は「キリストとソロモン神殿の貧しき戦友たち」です。
十字軍活動以降、構成員たちが武器を持って戦闘にも従事するタイプの騎士修道会が誕生しましたが、テンプル騎士団はその中でももっとも有名なものです。
ヨーロッパ人によって確保されたエルサレムへの巡礼に向かう人々を保護するために設立されました。十字軍は、11世紀~15世紀中頃に行われた西ヨーロッパのキリスト教徒の東方遠征です。
エルサレムの聖墳墓をイスラム教徒の手から奪還、防衛することを名目としました。キリスト教とイスラム教の戦いの構図の中で、キリスト教が深い闇に変わって行く過程だったと感じます。
テンプル騎士団の特色は、独自の国際的財務管理システムの保有でした。構成員が所属前に保有していた不動産や各国の王族や有力貴族からの寄進された土地などの資産を持っていました。
保有資産の殆どを換金し、その管理のために財務システムを発達させ、メディチ家などによる国際銀行の構築に繋がったとされます。ウィキペディアには、設立支援者としてクレルヴォーのベルナルドゥス(聖ベルナルド)の名がありました。
聖ベルナルドは、12世紀のフランス出身の神学者で、聖公会とカトリック教会の聖人です。キリスト教のカトリックと聖公会の2派であることがポイントだと感じます。
テンプル騎士団は、団旗にシリウス十字が描かれており、現在のフリーメイソン天皇派の原型だったと感じます。また、今もジャック・ド・モレーの優れた騎士道精神にちなんで名づけられたフリーメイソンの関連団体「デモレー」があります。
純粋な闇の役割だったテンプル騎士団は、重たい闇に封じられました。十字軍を含め戦いで犠牲になった人々に光を降ろしました。テンプル騎士団だった人々の御魂が還り、光が広がって行くことを願っています。