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「慶應義塾大学発祥の地記念碑」は、1958(昭和33)に慶應義塾創立百年を記念して、東京都中央区明石にある聖路加国際病院敷地内に建立されました。航空写真地図で、記念碑周辺を観ていきました。

 

記念碑が面する聖ルカ通りの道路の反対側には、立教大学発祥の地碑と女子学院発祥の地碑があります。過去のワークで聖路加国際病院は「表面上は米国派としての同和基地」と伝えられていました。

 

立教大学は、1874(明治7)年にキリスト教米国聖公会の宣教師チャニング・ウィリアムズ主教が設立した聖書と洋学を教育する私塾が母体です。女子学院は、1870(明治3)にキリスト教長老派の米国人宣教師ジュリア・カロザースによって設立されました。

 

聖路加国際病院は、1874(明治7)にスコットランド一致長老教会の宣教師医師ヘンリー・フォールズが設立した健康社築地病院が母体となり、1901(明治34)に米国聖公会の宣教師医師ルドルフ・トイスラーが買取し、聖路加病院としました。

 

東京都中央区明石の地は、1774(安永3)、中津藩奥平家の中屋敷で前野良沢、杉田玄白が解体新書を完成させたため「蘭学事始の地」とされます。明石の地は、江戸時代から既に同和の闇の拠点になっていたと感じます。

 

慶應義塾大学発祥の地記念碑と周辺の明石の地に光を降ろすと「いいです。プレアデスの闇が沢山いた」と伴侶が伝えて来ました。同和の闇のベースは、プレアデスの重たい闇のエネルギーで、光に還っていきました。

 

慶應義塾大学日吉校舎がある横浜市港北区日吉の「日吉」の名前の由来は、金蔵寺の裏にあった日吉権現とされます。日吉権現は、滋賀県の比叡山にある日吉山王(ひえさんのう)で、現在の日枝神社の分霊です。

 

滋賀県の日吉大社の過去のワークでは、生贄と関係する牛頭天王のエネルギー体が光に統合されました。金蔵寺は、大聖不動明王を本尊とする天台宗の寺院です。金蔵寺に光を降ろすと「いいです。裏インド」と伝えられました。

 

日吉台地下壕は、第二次世界大戦(太平洋戦争)中に、大日本帝国海軍が慶應義塾大学日吉キャンパス地下などの一帯に建設した施設です。連合艦隊司令部や海軍省人事局・航空本部・艦政本部などの海軍の重要機関が入居する地下要塞として使用されました。

 

日吉台地下壕に光を降ろすと「いいです」と伴侶が伝えて来ました。最後に慶應義塾大学の黄色のペンのX十字(聖アンデレ十字)のロゴマークに光を降ろすと「光は入りました」と伝えられました。慶應義塾大学と明石の地、日吉の地が本来の光の姿になることを願っています。(おわり)