
大籠キリシタン殉教公園のワークからメキシコが気になっていました。1613年、仙台藩主・伊達政宗が支倉常長らの慶長遣欧使節をスペイン国王とローマ教皇に派遣した目的は、キリスト教布教容認と引換にスペインの植民地・ノビスパニア(メキシコ)との直接貿易の実施だったといいます。
その裏側には、松果体利権の取引があると感じています。メキシコの歴史についてネットで調べていきました。ウィキペディアによると、メキシコは正式名をメキシコ合衆国と言い、北アメリカ南部に位置する連邦共和制国家です。
首都はメキシコシティで、北にアメリカ合衆国と南東にグアテマラ、ベリーズと国境を接し、西は太平洋、東はメキシコ湾とカリブ海に面します。メキシコの総人口は約1億3,000万人(2016年時点)で、スペイン語圏においてはもっとも人口の多い国です。
メキシコの国名の由来は、アステカの一言語であるナワトル語で「メシトリの地」を意味する「Mēxihco」に由来します。メシトリは、アステカ族の守護神であり、太陽と戦いと狩猟の神であるウィツィロポチトリの別名で、「神に選ばれし者」の意味があります。
「メシトリ」は、日本語の「飯とり」であり、「食べ物を取る」という「松果体摂取」を意味するのではないかと感じます。宗教については、現在では全人口の約91%がカトリック信徒であるとされ、スペイン語圏において、メキシコは最もカトリック人口の多い国といいます。
メキシコで私が注目したのが、世界遺産の《テオティワカン》です。テオティワカンは、メキシコの首都メキシコシティ北東約50キロの地点にあり、紀元前2世紀から6世紀まで繁栄した、テオティワカン文明の中心となった巨大な宗教都市遺跡です。当時のアメリカ大陸では最大規模を誇り、メソアメリカの中心的都市として機能していました。
テオティワカン人の宇宙観、宗教観を表す極めて計画的に設計された都市で、太陽のピラミッド、月のピラミッド、そして南北5キロにわたる道(死者の大通り)が基点となり各施設が配置されています。この都市で祀られた神々は、農業・文化と関係深いケツァルコアトルや水神トラロック、チャルチウィトリクエ、植物の再生と関係あるシペ・トテックなどです。
ケツァルコアトルは、アステカ神話の文化神・農耕神であり、風の神とも考えられました。アステカ文明(15世紀-16世紀)では、生贄が行われていました。人間の新鮮な心臓を神に奉げることで太陽の消滅を先延ばしすることが可能になると信じられていたため、人々は日常的に人身御供を行い生贄になった者の心臓を神に捧げたといいます。
人身御供、生贄の原点には、松果体摂取があります。世界のどこの地域においても、渡来人などの征服者が先住民の松果体を摂取することが始まりです。神という存在を外に置いて、神に捧げるための神秘的な儀式としての秘密性を持たせたと感じます。
その過程で、権力者が民衆を支配するための生贄として利用されたのだと思います。いずれにしても、松果体摂取が支配に繋がり、松果体利権を持つ者が支配者となります。テオティワカン文明では、既に神が存在しており、松果体摂取が行われていたと考えられます。(つづく)