International_Christian_University_Church


国際基督教大学(International Christian UniversityICU)は、ウィキペディアによると、1953年に設置された日本の私立大学で、東京都三鷹市大沢三丁目に本部を置きます。キリスト教長老派による創設で、米国型リベラル・アーツ・カレッジ(Liberal Arts College)の形式を踏襲しています。

 

リベラル・アーツとは、ギリシャ・ローマ時代に理念的な源流を持ち、ヨーロッパの大学制度において中世以降、19世紀後半や20世紀までの「人が持つ必要がある技芸の基本」と見なされた自由七科のことです。具体的には文法学、修辞学、論理学の3学と算術、幾何、天文学、音楽の4科のことを指します。

 

現代では、学士課程において、人文科学・社会科学・自然科学の基礎分野を意味します。リベラル・アーツ・カレッジとは、リベラル・アーツ教育に焦点をあてた教育を学部課程で行なう4年制大学です。実用性・専門性よりも、幅広い知識や教養を身につけることに主眼が置かれ、学生への「人間教育」を重視している点が特徴です。

 

ICU(アイシーユー)は、当初からリベラル・アーツ・カレッジとして教養学部1学部のみを置きます。「平和」「学術基礎」「専門知識」を統合しながら、日英バイリンガリズムによる世界基準の「全人教育」を行うことを教学方針として、全学共通科目教育として語学教育が主軸に据えられています。

 

1949年、御殿場にあるYMCA東山荘で催された日米のキリスト教指導者による会議において、国際基督教大学の創設が正式に決定されました。高松宮宣仁親王が設立準備委員会の名誉総裁に就任し、当時の日本銀行総裁である一万田尚登が設立のための募金運動に奔走したといいます。

 

また、GHQ最高司令官を務めたダグラス・マッカーサーも、大学設置に際し財団の名誉理事長として、米国での募金運動に務めました。日本YMCA理事長で、国際基督教大学の評議委員会会長となった山本忠興も設立に尽力しました。

 

ICUの沿革のポイントは、米国とキリスト教プロテスタントが深く関わっていることです。国際基督教大学の人物一覧のWikipediaには、皇室関係者として秋篠宮家の眞子内親王、佳子内親王、政治家としてジョン・ロックフェラー4世上院議員の名前が載っています。

 

ICUのキャンパスは、東京ドーム13個分の広大であり、中島飛行機三鷹研究所跡地を用いています。中島飛行機は、中島知久平(元海軍機関大尉)によって創業され、1917(大正6)1945(昭和20)まで存在した日本の航空機・航空エンジンメーカーで、現在の自動車メーカーSUBARU (旧・富士重工業)の前身です。

 

過去のワークから、SUBARU(スバル)は、プレアデスの闇と縁が深いと感じています。中島飛行機三鷹研究所のあったICUのキャンパスは、本来は自然豊かな土地であり、《地下水脈地図》からも水が通る場所なのです。その光の地を封じるために裏インドの闇の軍事関連施設として中島飛行機三鷹研究所が置かれたのです。

 

さらに、ICUには、松浦武四郎が約130年前に建てた泰山荘の中の高風居があることを知りました。過去のヒプノセラピー《医療の闇の仕組を作った松浦武四郎》では、北海道を命名したとされる松浦武四郎の正体は、米国派の工作員と伝えられています。

 

戦後、軍産複合体の米国は日本を傘下に入れ、軍事、医療の利権を支配して来ました。隠されて来た大きな利権が松果体利権です。歴史的な欧米列強による植民地時代と同様、米国は、日本の松果体利権を得るための米国派拠点の1つとしてICUを置いたと感じます。(つづく)