
全日本私立幼稚園連合会(略称:全日私幼連)の4億円を超える資金の使途不明の問題が報道されています。NHK・NEWSWEBによると、全日私幼連側が前会長の香川敬らを刑事告訴したことが分かり、今後、警視庁などが関係者から話を聴くなどして捜査を進めるものとみられます。日刊ゲンダイには、「自民党清和会とも縁が深い」とあります。
「連合会の全国大会には安倍前首相や森元首相、下村博文元文科相らが参列、スピーチしていました」と政界関係者が話しています。使途不明の巨額マネーが政界に流れた可能性もあります。また、香川敬前会長は、使途不明が発覚しないように複数の銀行口座の通帳を偽造していたことも分かっています。全日私幼連の問題の調査とワークを行うことにしました。
全日本私立幼稚園連合会は、東京都千代田区九段北4-2-25, 私学会館別館4Fに本部を置く私立幼稚園、私立の特別支援学校幼稚部の園長、教育機関の代表者等の任意団体です。加盟幼稚園数は約7700です。1984年4月23日、日本私立幼稚園連合会・全国学校法人立幼稚園連合会・全国私立幼稚園連盟の3団体が統合して本連合会が設立されました。
私立における就学前教育に関する調査研究、振興を目的とします。《MCたんぽぽの 気まぐれカフェ》によれば、香川敬の主な経歴は、山口県防府市教育委員会委員、内閣府・男女共同参画推進連携会議議員、厚生労働省・児童虐待防止対策協議会委員、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問、山口県公安委員会委員です。
学校教育、日本政府、東京五輪、警察に関係する重要人物であることが分かります。職歴としては、鞠生(まりふ)幼稚園の理事長兼園長(山口県別府市)、浄土真宗本願寺派・明覚寺住職とあります。幼稚園園長、浄土真宗本願寺派僧侶ということから、今回の4億円超の使途不明問題は、松利権のネットワークに関係していると推察します。
ウィキペディアには、「鞠生幼稚園は、山口県防府市にある、1892年(明治25年)4月より続く日本最古の仏教系幼稚園(認定こども園)である。学校法人敬陽学園が運営する。明治25年4月、浄土真宗本願寺派南溟山明覚寺・第18世香川黙識が、親族である楫取素彦(かとりもとひこ:初代群馬県県令、初代三田尻部長官)と妻美和子(吉田松陰の妹)の多大なる賛助を得た。」
「さらに、三田尻の旧本町に創立し香川信代、山中キヨを保母として、約30名の園児を保育した。その後、1908年(明治41年)に明覚寺・香川家の隠居地でもあった鞠生松原(華浦地区)に移転し、現在まで120余年に至る。」と記載されています。香川敬が園長の鞠生幼稚園は、日本最古の仏教系幼稚園だったのです。また、楫取素彦がキーパーソンだと思います。
楫取素彦(1829年-1912年)は、幕末の長州藩の志士、明治時代の官僚、政治家です。幕末を代表する人物である吉田松陰とは関係が深く、松陰の次妹の寿(ひさ)と結婚し、寿に先立たれた後の明治16年(1883年)、久坂玄瑞の未亡人であった末妹の美和子(文)と再婚しています。吉田松陰の妹2人と結婚していることから吉田松陰との関係の深さが分かります。
吉田松陰の妹・文は、NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の主人公です。《大河ドラマを追いかけて》には、「楫取素彦は、吉田松陰が処刑された翌年、万延元年(1860年)に越氏塾の塾長相当として派遣され、教鞭を執りました」「香川黙識は越氏塾で学ぶ」とあります。香川敬の先祖である香川黙識は、越氏塾を介して楫取素彦と繋がっていたことが分かります。
吉田松陰と言えば「松下村塾」であり、伊藤博文、高杉晋作など幕末より明治期の日本を主導した人材を多く輩出しました。吉田松陰、松下村塾は、いずれも「松」がつきます。吉田松陰が指導した松下村塾は、長州の松利権支配のためのものだったと感じます。香川敬は、長州の松利権を引継ぐ人物であり、日本を網羅する長州の闇ネットワークの中核にあると見ています。(つづく)